ウェブ業界はどこを向いているのか・その3
2008-05-12 03:30 /
前回は発注側に対して、ウェブサイトを自社の事業(部署)として運用すべきだという話を展開しました。次に、今度は受託側の制作プロダクションや開発会社について検討してみます。今回は、ウェブの制作や開発あるいは運用という事業について、「人材不足」をキーワードにしています。
事業としてのサイト制作・構築業務
毎年できては消えてゆくウェブ制作プロダクションや開発会社の多くは、もちろん受注件数の先細りや融資リソースの枯渇あるいは人材の流出といった、さまざまな問題を抱えていたのでしょう。理由はどれか一つとも言えないでしょうし、他にも経営側のごく個人的な事情が原因となることだってある筈です。それゆえ毎年のように消えていく制作プロダクションや開発会社を、一律に「スキル不足」だとか「なかよしサークル感覚」だと言って非難するつもりはありません。一つの事業としてウェブ制作や開発業務を捉えてみると、起業するまでの困難はもちろんのこと、事業を継続するにも多くの困難があり、たとえ経営側が誠実かつ狡猾に立ち居振る舞いしていても危機は生じうるのです。それはウェブ業界に限らず、どんな仕事をしていても同じだと言えるでしょう。
業界の外で広く知られているかどうかは不明なので意外かもしれませんが、ウェブ業界はたいへんな人材不足だと言われています。そして、この人材不足が制作プロダクションや開発会社の遭遇する危機の一つだと言われることもあります。これに対して、人材派遣業は盛んですから、人材不足は一時的な現象だと言う人もいます。つまり、いずれ需要に供給が追いついてくるというわけです。
しかし、果たしてそうなのでしょうか。ウェブ制作プロダクションで派遣社員を積極的に採用しているところなど、あまり聞いたことがありません。労働集約型の業務フェイズが請求費目の中心になってしまっているサイト制作やシステム開発において、派遣社員さんに働いてもらう経費が一人当たりで正社員のおおよそ3倍としてみても(これでも安い)、彼ら彼女らは別に正社員3人分の作業量を一人でまかなえるわけではありませんし、正社員3人分の時間だけ拘束できるわけでもありません。したがって、いわゆる下流の工程しか受注できない多くの制作プロダクションの場合は、派遣社員に頼りはじめると収支が折り合わなくなってきます。逆に言えば、クライアントの要望をヒアリングして自社の提案を導き出すといった、知識集約型の業務フェイズだけで請求の費目を上げられるくらいでなければならないと言えるでしょう。このように考えれば、労働集約型の業務フェイズで費目を上げるしか請求しようがない制作プロダクションや独立系の開発会社が多い現状では、派遣社員さんを採用することは管理会計上の理由から言って無理があると言わざるをえません。
たいていのウェブ制作プロダクションやベンチャー企業は資金に余裕がないですし、更に上で述べたような理由からなかなか派遣社員さんに来てもらうのは難しい。かと言って、専門学校や大学で人材を自ら探すのは時間的・人的なコストがかかりすぎます。卒業した学生が応募してくるのを待つほど暇なベンチャーや制作プロダクションもないでしょうし、どちらにしても実務経験に乏しい学生の中から人材を見つけるのはバクチと同じであって、少人数の企業が人材を集める方法としては、非合理と言わざるをえません。すると、多くの場合は Find Job! のような求人サービスを使ったり、保証があれば伝手に頼ったりする方が多いのではないでしょうか。
ところで、就職サイトなどで募集をしている会社には他の理由もあって、人材不足というよりも単に離職率が高いだけという場合があります。採用担当者自身が制作・開発の実務に無知なせいで、いまどき DTP の経験しかない人を即戦力のウェブデザイナーとして雇ったり、VB しか出来ない人をウェブ系プログラマとして雇ってしまい、不幸な結果を招くという実例も後を絶ちません。他にも、給与や福利厚生について重大な問題がある企業も見受けられます。しばしば耳に入ってくることですが、天引してるくせに実は失業保険を納付していないとか、毎日社長の写真に向かってお祈りさせられるとか、社員全員がカメラで監視されているとか、あるいはディレクターやプロデューサーとして雇っておきながら、予算枠もスタッフィング権限もないのに受注ノルマだけ課しているとか、そういった企業では必然的に社員の定着率は低くなります*6。
*6 こういう企業が人手不足でどうなろうと知ったことではありませんが、ウェブ業界全体のことを考えれば、そういう企業を生き残らせないための牽制を確立しておかなければ、自治体相手とか一部の業界相手だけに細々と生き残るかもしれません。また、そのような企業にしてしまう経営者への牽制がなければ、最後は経営者だけが単身でコンサルタントとして生き残ってしまう可能性も残ります。とは言っても、危険物取扱者や弁護士のような国家資格を必須に出来るかと言えば、ウェブサイトの構築業務にそこまでの社会的意義はないので、そもそも経営者としての資質が有害と言えるまでに欠けている人をどのように牽制するかは難しいところです。
本当に人材不足なのか
さて、では今回のメインテーマである人材不足についてもう少し詳しく検討してみましょう。以下ではウェブ業界と言っても、ベンチャーは含みません*7。はてなや mixi といった、自社のサービスが確立している企業は含まず、受託案件をこなしている「ウェブ制作プロダクション」や「独立系開発会社」の方を取り上げます。
*7 何か日本の起業家と言われる人たちには大きな誤解があり、そもそも30歳までに起業しただけで「ベンチャー」だと思っているバカも多いのですが、それ以外にも「ベンチャー企業」とは何をするにせよ社員を徹夜させて遂行する会社のことだと考えている方がいます。つまり固定費を極端に切り詰めるためには、どこかに落ちている Adobe 製品のシリアルジェネレータを拾ってきたり、当然ながら裁量労働制やインセンティブ制を採用したり、年俸制としてボーナスを名目から消してみたり、または失業保険や社会保険を払うフリをしてみたりするのがベンチャー企業だというわけです。それゆえ、いまでは「ベンチャー企業」という言葉を何か良いものとして話題にしているのは、テレビ大阪のアナウンサーくらいでしかないという気がします。
「重要なのは他社が1年かかることを1ヶ月でやり遂げるスピード」といったスローガンをベンチャー企業の経営者が公言するのはよいとして、他社が1年かかるプロジェクトを1ヶ月で完遂するスキルをもった社員をどうやって調達するのか、調達しなくてもどういう技術やノウハウがあればそれだけの工期で可能なのか、という視点がなければ、こんなものはリテラシーのない出資者に向けた絵空事であって、「こんぴゅうたぁがあれば便利になる」程度の認識しかないオッサンやジジイと比べても、経営者としてのメンタリティは殆ど変わらないと言えるでしょう。
周りの取引先や、もちろん自社も見ていて、確かに人材不足は感じます。しかしそれが単なる狭い範囲での印象にすぎないのか、それとも或る程度は事実と言える状況なのかを調べてみましょう。まずは、IT業界のかなり狭い範囲に関して言うと、シマンテックが昨年の11月に発表した調査結果から、データセンター業務は人材不足であると言われています。また、その結果と単純に結びつける必要はありませんが、昨年の11月から12月にかけて多くのブログで取り上げられたIPAフォーラム2007で学生が語ったIT企業の印象なども、人材不足を裏付ける一つの傍証にはなるかもしれません。
しかし、これに対して業務請負の受託案件で食べているウェブ制作プロダクションは、実態が殆どつかめないのが現実です。その大きな理由は、もちろん IPA などのような業界団体が存在していないことでしょう(日本標準産業分類にも該当しておらず、産業の一つとして認められていないと言えます)。かつては嘲笑の的であった日本ブログ協会、それから日本WEBデザイナーズ協会のように業界内ですら殆ど知られていないような会社が幹事や法人会員となっている団体・・・これらのような団体しかないのは、まだこの業界が猿山の大将ていどで、勝手に音頭を取れてしまう業界なのだという事実をあらわしています(どうでもよいのですが、日本WEBデザイナーズ協会の法人会員のページは、あ行~わ行まで同じ企業名リストを繰り返しているだけというプログラムをいつ修正するのでしょうね)。他にも日本ウェブ協会という団体もありますが、せいぜいメジャーな企業が集まった勉強会といったていどの活動しか見えていないため、業界団体として影響力をもつようになるか、それとも単なる資格の付与団体となるか、コンサルの斡旋団体に収まるかどうかは不明です。
このような次第で、ウェブ制作プロダクションについては、Find-Job での募集件数などから推察するしかないのかもしれません。ただし、どことは言いませんが、常に募集している会社があるという点は理由になりません。なぜなら、本当に人材不足であってもなくても Find-Job に掲載しておいて、一本釣りを目指すといった採用戦術もあるからです。あるいは既に言及したように、常に人材不足とならざるをえない不良企業というものは、業界がどうなろうと一定の数だけ存在するからです。
僕自身が募集する側に回っていたときの反響や、現在でも管理本部の中で見聞きしている応募状況を見ると、面接は毎週のように頻繁に行われており、応募者は不足していないと言えます。しかし、少なくとも僕が所属している会社の基準で言うと(D通あるいはCエージェントさんの案件に耐えうるクォリティを求められるという事情はあれ)、採用に至るまでの人材は不足していると言えるように思います。もっとも僕の会社では、ディレクターなどはナショナルクライアント案件を扱ったことがあるという条件で採用しているため、元々新卒やフリーランサーは論外という事情もあります。もちろんこのような条件を当てはめれば、人材不足となるのは自然なことでしょう。しかし、僕の会社に限った話ではないと言える要素が一つあります。それは、多くのウェブ制作プロダクションでは OJT ができる体制になっていないという点です(僕が勤めている会社はウェブ制作業務に携わる部門はもっていますが、主力業務は自社のオリジナルサービスですから、純粋な制作プロダクションではありません)。したがって、派遣社員でもないかぎり、スキルを或る程度まで保証されたフリーランサーになると殆どが伝手での採用にならざるをえませんし、明らかにスキルが高いと分かる専門学校や大学の卒業生は、絶対数も少ないでしょう。そう考えると、即戦力が不足しているのは自然なことだと言えます。
次に、しばしばウェブ業界での転職率の高さから人材不足だと結論する人がいますから、この点について検討してみます。なるほど、この業界で働く人の転職率は高いのは確かであり、おおよそ2年~3年、長くても5年くらいで転職する人が多いと言ってもよいでしょう。しかし、「だからウェブ業界は人材不足だ」と言えるのかどうか。ここにはトリックがあるのではないかと思えます。なぜなら、そもそも5年以上のあいだ事業継続しているウェブ制作プロダクションがどれだけあるのか疑わしいからです。大半の制作プロダクションは2001年前後のネットバブル期以降に創業しており、それ以前からやっていたのは、もともと印刷出版・広告業に従事していたデザイン事務所の類やシステム開発会社が業種拡大したかドメインシフトした事例も数多くあります。ネットバブル以前から創業してウェブ制作を事業継続している制作プロダクションは、「その1」でも紹介したキノトロープ(93)をはじめ、IMJ(94)、Members(95)、イメージソース(97)、ビジネスアーキテクツ(99)、バスキュール(00)、といった大手か、あるいは単純に特定業界での営業窓口として固定している(自治体の場合は癒着とも言う)企業くらいのものでしょう。それ以外の多くの制作プロダクションはバブル期の後に起業して、長くても5年くらいで解散してしまうか廃業に追い込まれるパターンが多いと言えるでしょう。多くの制作プロダクションは、そうした創生期の制作会社で経験を積んだディレクターやデザイナーあるいはプログラマが独立して作ったり、学校を卒業した人たちが最初から独立してつくったというパターンも多く見られます。これらの会社はせいぜい創業してから5年前後の若い会社が多く、定着率をうんぬんする以前の、事業継続させる地盤づくりすらできているかどうかも怪しいところが多い状態と言わざるをえません。
更に、「人材不足」という意味が「まともにウェブ制作できる人材がいない」という意味で使われている場合もあるので、注意が必要です。総合大学の情報処理学科や芸大あるいは専門学校や資格スクールを出たというだけでウェブ制作の現場にすぐ入れるわけがないのは明白ですし、採用した人材が思ったほどのスキルをもっていなかったとか期待はずれだったというのは、どんな業種・業界でも言えることです。多くのウェブ制作プロダクションでは、経営者自身に企業勤めの経験がなく、制作業務を除く経理・会計や法務あるいは人事に庶務といった、いわゆる管理系実務の知識や経験が殆どない場合も見受けられます(もちろん経営学を修めた人など更に少ない)。したがって、制作業務を除けば素人が素人を雇用しているに等しく、営業の経験がない元デザイナーの下で制作実務の経験に乏しいディレクターが営業に回るといった企業では、雇用環境を整えたり事業継続させるのは非常に難しく、単純に「居心地がいいかどうか」といった理由で人が入れ替わることも多いのです。
これらの解釈に加えて、ウェブ業界のニュースやオピニオンを発信しているサイトや雑誌あるいは専門学校やスクールや派遣会社の広告で「人材不足」と叫んでいるために、アナウンス効果が生じている可能性もあります。つまり、人材不足だと強調することにより、ちょっとした不満があってもすぐに辞めてしまえる理由を従業員に与えてしまっているかもしれないのです。しかし、実際にはそんなことはありません。正直なところ、専門学校や大学を出て応募してくる人だけでなく、フリーランサーや有名な制作プロダクションでデザイナーやプログラマをしていた人たちですら、HTML, CSS, JavaScript あるいは PHP や Perl の知識に加えてビジュアルデザインですら僕よりも乏しい人が山ほどいます(つまり一つとして40手前のオッサンに勝てるものがないということです)。業務上の理由で、専門ではないのにあれこれやっていて、特にどれか一つを深く掘り下げたわけでもない僕よりも総じてレベルが低いのですから、そもそも好きでデザインやプログラミングをやっているわけではないのでしょう*8。そういう意味では、単なる暇つぶしに専門学校や情報処理学科を出たような人は、業界がどう移り変わろうと簡単に採用できません。もしそういう人が圧倒的多数であるから「人材不足」なのだとすれば、専門学校やスクールが宣伝している「ウェブ業界は今、人材に不足しています」というフレーズは、そもそもお前ら自身の教育がテキトーで、欠陥品ばかり流通させているからだろうと言いたくなります。
*8 例えば、デジハリでもHALでもよいですが、グラフ理論やモデル理論の初歩を教えられて卒業した CSS/HTML コーダ、あるいは JavaScript や ActionScript のフロントエンド・エンジニアさんはいるでしょうか。プログラマであればアルゴリズムの基礎知識として教わるはずですが(情報処理技術者試験でも必須)、木構造や集合論の知識は XML や DOM を理解するための強いバックグラウンドになってくれます。このような背景がない人は、例えば a 要素を a 要素の子要素にしてはならない(a 要素をネストしてはならない)理由を、<!ELEMENT A – - (%inline;)* -(A)> という DTD に求めればよいと考えるW3C原理主義モドキに陥るか、あるいは Dreamweaver だとヘンになるというオペレータ感覚のくちごたえにとどまるかのどちらかにしか行き着かないでしょう。こういう人たちは、何か行き詰まったときに「w3.org を検索しても見あたらなかった」とか「Dreamweaver ではできませんでした」という範囲の言い訳しかできず、およそクリエータとは言えません。通常、オペレーション業務(サイトの場合は運用担当のウェブマスターを補佐する実務)に採用するならともかく、このような人たちをデザイナーやコーダーとして雇いたくはないものです。
「人材不足」の色々な意味
まとめてみましょう。これまで述べてきた「人材不足」という表現には、以下のように職能別・状況別で、それぞれ異なる意味があると思われます。職能別に考えると、大別して「プロデューサー、ディレクター」(営業・管理系の知識集約型業務)、「デザイナー、コーダー、Webプログラマ」(制作・開発系の労働集約型業務)、「Webマスター、ネットワークエンジニア」(運用・保守系の知識/労働集約型業務)となります*9。次に状況別で分類すると、「募集しても応募が少ない」、「離職率が高い」、「採用できるだけの人材がいない」という意味合いに分けられます。
*9 ちなみに、一つだけ経営者向けに強調しておきたいのは、ウェブサイトや社内のネットワークをそれぞれ保守・運用している業務は、労働集約型と見做されがちですが、長期的な計画を立てたりドキュメンテーションのスキルや交渉能力が求められるはずの知識集約型でもあるという点です。これに思い至らない経営者は、恐らく自分では成功させたこともないウェブサイトの運用という業務をナメているか、あるいは実務に関する無知・無経験と言わざるをえません。このような経営者は、業務の具体的な内容に口を出すべきではありません。このように蒙昧な経営者に限って、「素人から見ると~」とか「自分は技術的なことはよく分からないが~」などと言って業務の内容に(デザインにまで!)口を挟んだりするものですが、全くの邪魔でしかありませんから控える方がよいでしょう。そもそも経営者として口を挟んでいる時点でパワーバランスが異なるのです(「今どきの若者はそんなことに頓着しない」と言う人も多いのですが、それは単に多くのバカと仕事をしてきたという、御社の採用能力のなさを証明しているだけです)。
では、職能と状況を組み合わせてみて一つずつ検討してみます。「プロデューサーやディレクターを募集しても応募が少ない」というのは、従事している人の数が元々少ないので、当然と言えば当然です。また、このあたりの職能になると「職位としても上がっている」と勘違いした独立志向になりがちなので、企業への再就職を考えない人も多くなるでしょう。このあたりは実に勘違いが多く、営業喋りや下請けいじめが得意なだけで会社など運営できない(できると思っているなら、あなたは詐欺師かヤクザみたいなものです)という点に気づかないで、愚かにも「プロデューサー」といった肩書きや「上流工程」といった言葉の上辺の意味だけで職位と混同してしまい、もうそろそろ独立できるなどと勝手に思い込むわけです。管理の立場で言わせてもらえれば、ウェブ制作プロダクションで経営陣を除く人員は(管理部の人員も当然ながら含みます)、プロデューサからアルバイトまで、結局は殆ど同列です。プロデューサーが優遇されがちなのは、たいていのプロデューサーは客をつかまえているからであって、特にスキルがあるからでも人望があるからでもないのです。
「プロデューサーやディレクターの離職率が高い」ということも、企業の規模が小さくなればなるほど実状に近くなるでしょう。先にも述べたとおり、まず顧客の口座を開いてもらった経験がないプロデューサーやディレクターなど、役には立ちません。それは単なる制作進行係でしかないのです。つまり、逆に言えばプロデューサーやディレクターの多くは顧客を個人的に掴んでいる場合が多いので、独立した方が稼げると思いがちなのです。大手の広告代理店が相手の場合は個人に口座など開いてはくれませんから、契約社員となったり、いまでは数十万円あれば起業できるため、頭数だけかき集めて登記してしまう手もあるでしょう。クライアントから直で仕事をもらっている人であれば、なおさら独立した方が得だと考えがちです。所属している企業が小さいと、自分のもっている顧客が相対的に大きければ大きいほど売上を期待されるようになり、依存体質になってしまうかもしれません。「こんなところに仕事をせっせと持ってきて楽しいか?」という自問自答をするようになるくらいの待遇しか与えていなければ、転職あるいは独立を考えるのは自然かと思われます。
「プロデューサーやディレクターとして見合うだけの人材がいない」という点ではどうでしょうか。これも当然と言えば当然です。これらの職能は、殆どの企業では実務経験を問われます。専門学校で CMMI やプロジェクトマネジメントを学んだというだけで即戦力になるケースは限られていて、固定クライアントや自治体あるいは各種団体との癒着で成り立っているようなプロダクションに入るか(入社してもせいぜい顔つなぎていどのことしかせずに実戦投入が可能)、または受注が多すぎて頭数を増やすことが先決となっており、「顧客をぶら下げている」といった条件で雇わなくても実務経験が数年あればよいとするプロダクションへ入る場合などです。
次に「デザイナーやコーダーあるいはプログラマを募集しても応募が少ない」というのは、何を以て応募が少ないと感じているか不明ですが、Find Job や技術系の就職・転職者向けサイトに公募しておいて一件も応募がない企業は、そもそも採用条件を見直す必要があるのではないかと思われます。これだけIT関連の専門学校やスクールが増えている現状では、就職を希望する人数はどんどん増えていると言ってよいでしょう。それでも応募が少ないというのは、採用条件があまりにも悪すぎるとしか思えません。例えば、各都道府県庁の所在地から電車で1時間以上かかるような企業に就職したがる人など最初から少ないのは当然ですし、取引先が公表されていないので実績が分からないとか、資本金が数十万円しかないとか、給与の下限が20万円を切っているのに必須のスキルがやたら多いとか、身の程を知らない条件で募集していれば応募も少なくなります。したがって、募集している条件によって応募が少ないかどうかは変わるので、論じるには値しないと言っておいてよいでしょう。
「デザイナーやコーダあるいはプログラマの離職率が高くて頻繁に募集しなければならない」という意味についてはどうでしょうか。これも、プロデューサーとディレクターについて述べたときと同じく、2、3年ほど実務に従事していると独立意欲が高まってきたり、転職しようとするのは致し方ないと言えます。特に中小の制作プロダクションでは給与を査定するための考課基準があいまいで経営者の胸先三寸といった事例が多く見られますし(なぜなら中小の制作プロダクションでは経営者自身が企業勤めの経験に乏しく、考課査定どころか管理業務全般の経験がないからです)、そもそも期末にベースアップすら検討しない企業も多いようです。すると、スキルや経験は上がっているのに給与が据え置きでは転職されても文句など言えないでしょう。自社のアプリケーション・サービスを提供しているベンチャー企業でもない限り、受託案件だけをやっているならどこでやっても同じ事と思われて条件の有利な企業へ転職されてしまうのはとどめようがありません。したがって、この意味で「人材不足」だと言っても、それを解決するのは困難と思われます。ちなみに条件がかなり悪くても離職率が低い事例として、専門学校の仲間同士で立ち上げたような制作プロダクションを挙げる場合もありますが、こういう企業はそもそも構成員が離職するほどのトラブルが起きた時点で廃業する場合も多いため、あまり参考にはなりません。良い悪いは別にして、このようなところは「ゲゼルシャフト」としての企業とは言えないため、数が多いとか少ないとか、あるいは増えてきたとか減ってきたというだけで、何か意味のあることを他人が言えるとは思えません。好きに立ち上げて好きに廃業すればいいと思います。
そして「デザイナーやコーダあるいはプログラマとして採用できるだけの人材がいない」という意味で人材不足と言っている場合を考えてみましょう。これも企業ごとに基準がありますし、特に最近では制作者にも「コミュニケーション能力」を要求する企業は増えているのですが、その基準もはっきりしておらず、採用側が異常な期待を膨らませている場合もあります。社会人としての常識的な受け答えができるかどうかくらいの点でコミュニケーション能力を測るとすれば、確かに専門学校の卒業生だけでなく新卒者の中にも、まず躾からどうにかしなければ使い物にならないような人も多く見受けます。履歴書に写真を貼っていない(貼るのは常識です)、タメ口(論外)、面接や問い合わせの連絡を携帯メールで寄こしてくる(携帯メールはビジネスで使うものではありません)、専門学校の課題しか制作事例がない(就職にあたってプロモーション用のサイトすら作れないなら、スキルがないことを自覚しているのでしょうし、そもそも好きな仕事じゃないんでしょう)・・・こんな人はおよそ何の業界であっても就職は難しいでしょう。
それから、特にプログラマについて述べると、ウェブ制作プロダクションでプログラマのスキルを評定できる人はきわめて限られています。ふつう、開発会社などで募集する場合、ActionScript が「書ける」とか、Python や Erlang でマルチスレッドの処理系を「組める」といったことは、制作プロダクションではスキルと見做されがちですが、開発を主軸にしている企業では、このようなものをプログラマのスキルとは言いません。プログラマとしてのスキルはものごとを理解し再構成する力が本来の中身であって、ディレクターやプロジェクトマネージャから伝えられた要求定義を開発用の仕様に落とし込み、不足している情報を補ってもらうように伝える能力が最大の武器となります。正直な話、ウェブ制作プロダクションが受注する案件のプログラミングは、開発ベンダーへ就職する人なら誰でも組めるくらいのものでしかありません。プログラミング言語のつまらない蘊蓄など、知っていようといまいとどうでもよいのです。また、ウェブ制作プロダクションのプログラマは、ネットワークエンジニアやテスト技術者それから情報セキュリティアドミニストレータの業務も兼務せざるをえない場合が多いため、それらのスキルをまんべんなく身につけているか、あるいは一緒に組むデザイナーやコーダと補完しあってそれらの業務も担当できるのでない限り、アサインするには不安があります。しかし、ウェブ制作プロダクションの採用担当者の多くはデザイナー出身者や営業出身者が多く、表に現れるビジュアルデザインの裏側については呆れるほど無知な人も多いので、せいぜいビジュアルデザインの裏に HTML や CSS の技術があるとか、問い合わせフォームは CGI(Perl のことですね)や PHP で動いているくらいのことしか自覚していません。このようにしてプログラマを採用してから、その人が Apache のディレクティブを全く理解できなかったり、スループットの予測値を計算できなかったり、酷い場合にはビットとバイトの違いを知らなかったとしても(全て実話です)、それは採用側のミスと言わざるをえません。
さて、ではウェブマスターやネットワークエンジニアなどの運用・保守系と言ってもよい職能についてはどうでしょうか。「ウェブマスターやネットワークエンジニアを募集しても応募が少ない」という場合、まずウェブマスターについては、ウェブサイトの運用経験者として転職してくる人が数として少ないのは確かです(ウェブ制作プロダクションの多くは作って終わり)。サイトの運用経験者が最も多い分野は、企業のコーポレートサイトや EC サイトなどではなく、実はアダルトなのですが、このあたりはなかなか本人からも言いづらい場合が多いようで、アダルトサイトの経験者は同じくアダルトサイトの運営会社に転職しがちな傾向があるとも言います。またネットワークエンジニアについては、ウェブ制作プロダクションの経営者は殆ど給与の相場を知らないので、プログラマに毛が生えた程度の条件(月給40万前後)しか提示していないことも多く、それでは誰も来ないのは当たり前と言えるでしょう。そのくらいの条件で応募してくるような人は、恐らくサーバの運用ができるていどで自分が NE だと思い込んでいる人でしょう。
次に「ウェブマスターやネットワークエンジニアは離職率が高い」という意味で人材不足だという場合を考えてみます。これらの職能は、特に他の職能に比べて一つの業務に従事する期間が長くなるため、毎日同じ仕事を続けてゆく忍耐力を要する職種です。したがって、従事している人物と職務内容がマッチしている限り、飽きるといった理由ではなかなか離職しない筈です。それゆえ、離職率が高いとすれば、やはりデザイナーやプログラマよりも待遇が著しく悪いといった理由が多いのだと思います。そしてそれは、これまでの記事で何度か強調したように、ウェブ業界の企業を経営する人々の多くが印刷・広告といった「作って終わり」の業種からシフトしてきたパターンが多いため、例外はありますが、「運用」という業務について端的に無知であるせいだと考えられます。
最後になりますが、「ウェブマスターやネットワークエンジニアとして相応しい人材がいない」という点について言うと、そもそもウェブマスターとして相応しい人材かどうかを、ウェブ制作プロダクションの採用担当者は見分けられません。自分でまともにサイトを運営したこともない採用担当者が圧倒的多数を占めていると思われる、現今のウェブ業界で、適切に経験やスキルを見定められる人はそう多くないでしょう。したがって、何を期待して採用しようとしているのかは知りませんが、自分でできもしないことに文句を言う権利はないと言えます。但し、今回は批評をブチ上げるだけの記事にしたくないので、本来、ウェブマスターには事業本部長クラスか経営者に匹敵するスキルが要求されるとだけ申し上げておきます。僕がこう述べた理由が分からない方は、もういちど「その1」から読み直していただければよいでしょう。参考までに一例を挙げると、アダルトサイトの運営会社では「リンク集サイト」と呼ばれるサイトをアルバイトや社員に一つずつ担当させているケースが多く、場合によっては担当サイトでバナーを貼ったりアフィリエイトに参加して得た収益の何パーセントかを、インセンティブとしています。また、担当者はサイトの設計からデザインまで任され、どのようなシステムを使ってリンクを表示したり、どうやってユーザを他のサイトへ誘導するかも、スキルに応じて任されています(但し、風営法や刑法に違反しないかどうか監査はします)。彼ら彼女らはデザイナーでもプログラマでもなく、れっきとした「ウェブマスター」です。これだけ言えば、ウェブマスターの業務が一つの事業所を営むのに匹敵するという意味が分かるかと思います。
そして、ネットワークエンジニアに相応しい人材がいないという意味で、人材不足だと言っている制作プロダクションはないと思います。制作プロダクション側に、スキルの点で「不足している」かどうかを評価できる人など殆どいないというのが大きな理由です。仮に OSI モデルや待ち行列などを大学で学んだ経営者がいたとしても、ネットワークエンジニアのスキルは理屈だけで測れるものではなく、やはりトラブルが起きたときの対処などは経験がものを言います(逆に言うと、「ネットワーク」と名の付くあらゆる技術仕様や数学理論について精通しているネットワークエンジニアが、ウェブ制作プロダクションの募集に応募するわけがなく、恐らく雇うにしても経営者の給与を何倍にもしなければならないでしょう)。
人材不足となる他の理由
人材不足と言われる理由があるとすれば、いま述べたようなマッチングでの不幸な状況を考えられるのですが、「そもそもウェブ制作プロダクションが多すぎる」という可能性も検討の余地があります。有能な人材はもちろん大勢いるわけがないので、10人しかいない人材を100の企業が取り合えば、単純に言って90以上の企業は、そういう人を雇用できていないという意味での人材不足となります。
現在、国内のウェブ制作プロダクションはどれくらいあるのでしょうか。例えば、『Web Designing』を発行している毎日コミュニケーションズの「全国Web制作会社リスト オンラインデータベース」には、2008年5月10日の調べで約 1,600 社が登録されています。しかしながら、このデータベースは、1) フリーランサーも登録できること、2) 倒産したプロダクションのデータを削除しているか不明であること、3) そもそもこのデータベースを知らない未登録企業もあること、4) IR 対策の一環で、受託制作の企業として構えることが憚られているといった理由で、実数を把握するための基礎資料にはなりません。ちなみに、最後の 4) は裏事情に近いと言えるでしょうが、僕の勤める会社のように受託制作の部門だけでなくベンチャーとして融資を受けている部門をもつ企業だと、受託制作という労働集約型の業務は投資家から見れば全く面白みがないので、ベンチャーキャピタルさんにこのような業務がメインだと思われては困るという事情があります。
試しに Google の Advanced search を使ってみると、「制作 web OR ウェブ」というキーワードで、日本語に限り、またドメインも .co.jp に限定して検索すると(少なくとも僕が勤める会社では .co.jp でコーポレートサイトを運用していない制作会社は、「取引先としての与信ランク」が一つ下がります)、885 件ヒットします(類似ページを除外した結果です)。このうち、トップの 100 件を見ると、約1割が Amazon の書籍ページや雑誌紹介のページとなっており、ほぼ同じくらいの割合でブログやポータルサイトの記事があります。これらは除外してもよいでしょう。なお、名刺屋さんや印刷会社さんが、失礼ながら片手間に受注しているような場合も除外せずに含めました。そもそも今回の一連の記事は、印刷会社やデザイン事務所あるいは広告代理店の安易な業務内容の変更・拡大が業界全体に迷惑をかけているのだという主旨を含んでいるので、除外してしまうと論拠として意味を為さなくなるからです。
すると無効なページを差し引けば約700件となりますが、先ほどの『Web Designing』のデータベースに登録されている件数の半分くらいしかないということになります。もちろんこの数は、「ウェブ制作をやっています」と公言して受託している企業の数に比べれば少ないのは明らかですし、僕が今回のターゲットにしている、プロとしての水準に達していない元名刺印刷業者とか代理店あるいは業務内容をシフトした開発会社やグラフィックデザイン事務所の多くが含まれていないと考えられます。そこで、他の結果として Google のディレクトリ検索で「制作 web OR ウェブ」をキーワードとしてみると、7,510 という数が出てきます。2006年3月にはてなで質問が出ていたときに「WEB制作会社」というもっと狭い条件のキーワードで検索すると結果が約 14,000 だったそうなのですが、いま同じ条件で検索してみると約 4,000 となっており、この2年間で 1/3 に減ったことになります。Google のディレクトリ検索は編集者を介するため、どのような基準でディレクトリから外したのか不明では信用できかねますが、700 とか 1,600 といった信じ難い少なさではないため、「4,000以上」と述べても大きな害はないでしょう。また、2006年に検索された方の 14,000 という数字は追試できませんが、2年間で異常に減ったという事実を考慮すれば、かなり甘い基準で登録されていたと見做すことができ、僕がターゲットにしているような業種替えの企業を含んでおり、上限と見做してもよいかと思います。このような次第で、「4,000以上、14,000以下」と考えておきたいと思います。
この数を前提にすれば、「有能な人材が不足している」というのは当たり前です。制作を請け負っている企業は前段落から1万社前後と言えますが、どういう意味にせよ「有能な人材」が1万人もバラで活動していて、しかも求職中であるはずがありません。
以上で、今回は「人材不足」をキーワードにして制作プロダクションをメインターゲットに検討してみました。独立系の開発会社では、また独特の事情もあると思うので、機会があれば調べてみようと思います。この記事で申し上げられる結論としては次のようになるでしょう。確かにウェブ業界が人材不足であるという指摘は業界全体について当たっていると言えますが、1) そもそも対処できない企業も多く、無い物ねだりをしているに過ぎない、2) 競合している企業が多いため解消するのは難しいと考えられます。つまり、人材不足を解決する方法はないと言わざるをえません。しかし、人材不足を悪化させないように現在の従業員の待遇を上げて流出を防げるかと言えば、殆どの制作プロダクションではそんなことをする余裕がないと言えるでしょう。また、デザイナーやプログラマの独立志向は理由のないものではありませんから(実際、仕事が続けば従業員でいるよりも実入りが増えるケースはあります)、独立した人たちとの関係を良好に保って仕事をしてもらい、受託案件の予算を業界および自社にとって適正なレベルにしていく必要があると言えます。

有意義な分析だと感じました。
しかし,表現と構成が少し読みにくいです。
いくつかの論題に分けて,少しわかりやすい表現を意識して書いていただけたら
ぜひまた読みたいです。
価値ある文章をありがとうございます!
a をネストできないというのは難しい問題だと思いました。
@takaoさん
コメントありがとうございます。
・・・長いですよね。読んでもらった他の人からも「論旨が分かりにくい」というコメントをいただきました。改めて全体を通して読み返すと、条件によって企業と人材のマッチングは難しくなるという、酷くまっとうなことしか言っていないように感じるので、要点を詰めてまた改めてみます。
@ee2さん
同じくコメントありがとうございます。
木構造の話をしたのは一例で、これを書いていたときは、DTD が言っていることを「単なるお約束か中身のない形式」だと考えるか、或る目標について提案されている一つの理論だと考えるかによって、コードの見方は変わってくる筈だと思いました。もちろん、そんな思弁はふつうの会社員に必要ないという意見もそれなりに正しいとは思うのですが、例えば学生のうちに(あるいは時間のあるときに)そこまで突っ込んでやってみると、応用が利くので結局は得だと思うのですね。XHTML にしろ RDF にしろ、結局は XML を定義している一つ一つの考えを満たそうとしているモデルには違いないと考えますから・・・
大変有意義な内容です。
とても感じるところが多いです。OJTに関しては特に。
教育をしたがらない人たちも多いですよね。
制作会社同士が手を繋げば、違ってくるのではないかな。って思ってます。
また遊びに来ま~す。
@Kamitani79 さん
コメントありがとうございました。
えーと教育というほど大袈裟なものではありませんが、いま自社用で XHTML+CSS の教材というかテストを作っています。自社の標準スキルをそろそろ決めておこうという動きは、他の会社さんでも出てきているようなので、実はあまり悲観することでもないかもしれません。
制作会社どうしの連携については、まず取引先どうしで仕事のやりとりをするうえでクォリティがばらけているのもどうかという実務上の理由から情報交換したりですね。カンファレンスとか勉強会みたいなものを会社同士でやるのは、たぶん難しいかもしれません。もっと mixi のコミュニティなりなんでも利用すればいいのになぁと、思います。