最終更新日: 2008年07月20日

洞庭湖

2008年05月06日 22:40

何かと物議を醸している中華人民共和国で、唐代の劉禹錫という人が詠んだ古い詩を取り上げてみました。全ての国や土地にそれぞれ興味深い歴史や風土や人の暮らしがあるのは当たり前ですが、漢籍なり詩なり書なりシルクロードなりと興味深いテーマに事欠かないので、中国は特に興味深い国であることは事実です。

風呂で読む 続唐詩選

この『風呂で読む 続唐詩選』に紹介されている「望洞庭」という詩を、実際に風呂でたびたび眺めているのです。

望洞庭

なお、詩を朗読している音声ファイルが中国のサイトで公開されています(Real形式)。

この詩を詠んだのは、唐の時代の政治家・詩人であった劉禹錫(りゅううしゃく、772-842)です。上記の『風呂で読む~』には、詠んだ詩が中央政界で顰蹙を買って何度も左遷されたという説明があるくらいなので、どういう人なのかよく知りませんでした。そこで少し調べてみたのですが、ウィキペディアには「このように劉禹錫は、狭量な性格ゆえにその地位が安定しなかった」(強調:河本)と書かれていて、「狭量な性格」という表現は中国語版の Wikipedia にも記されていないので、この箇所を書いた人の思い込みなのか、何らかの資料をもって書かれたのかが不明だったのです。俗世の政は確かに些事かもしれないので、つまらないことをネチネチと非難することが「狭量な性格」に当たるのかもしれませんが、他のウェブページを見たり書店で唐詩の解説本を見ると、どちらかと言えば豪放な人で左遷されようとされまいと意に介せず、皮肉っぽい詩をわざと詠んだように書かれていたりもします。まぁ最近の日本の政治家もたまに諺や故事成語の類を口にすることはありますが、表現としての完成度を考えると、サラリーマン川柳にも届かないレベルのものが多く、話題になるとしてもせいぜい「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろです」といった「名言」があるばかり。いや、中国の政治家と日本の政治家を比べているわけではなく、日本の政治家でも80年代あたりまでは、一方で田中角栄さんのような人がいるかと思うと、中曽根さんや宮澤さんや後藤田さんみたいなエスタブリッシュメントされた人たちがいたように思うのです(思想的にはともかく)。やはり戦後生まれが中核になってきてからなのでしょうか、いかにも教養のなさそうな政治家が増えてきた気がするのは。もちろん昔の政治家が口にしていた言葉も、戦前の教育で叩き込まれたものだったりしたわけでしょうが、それでも言った限りは責任持ちますという気概が感じられたように思うのですね。いまの政治家が時々口にする小難しい慣用句を聞いていても、「どこの予備校で習ったの?」という感想しか生じないわけです。ちょうど横綱へ推挙された外国人力士が、挨拶のために必死で探した四字熟語を聞いているのと同じ違和感があります。

それでも、ときに「詩豪」と分類される劉禹錫が実際に狭量というよりは豪放な人物だったのかどうかは、人物をあらわすような資料を検討しない限り確かなことが言えないと思います。そこで探してみると、確かに劉禹錫は同世代で晩年に親交をもった白居易(はくきょい、772-846)から「詩豪」と呼ばれているので、ともに風諭詩をつくった白居易からそう呼ばれたくらいの人物であれば、つまらないことで恨み辛みをグダグダ書いているような人物像には至らないでしょう。

詩については、もちろん題にもあるとおり中国の洞庭湖を詠んだ詩です。大意としては、「湖に秋の月明かりがとけ込んでいる。滑らかな水面には風も立たず、磨き上げる前の鏡にも似ている。そして洞庭を遙かに望む と山や湖面は緑に映え、白銀の盆に田螺を置いたみたいだ」といった意に解されるかと思います。ちなみに、第三句の「山水翠」とあるうち、「翠」は「色」と 書く底本もあるそうで、その場合も大意は同じようになります。また、風呂で読んでいる『続唐詩選』では、この部分を「山翠小」として「小さな緑が望まれ る」との解説になっています。

洞庭湖を眺めやる情景を詠んだ詩として有名ですが、なぜかネットにはリソースがあまりなく、参考にすべきページはあまりありません。洞庭湖の情報については、ウィキペディア等に詳しく書かれていますが、下記の地図でお分かりのとおり、現在の洞庭湖は干拓されたり干上がったりして唐の時代の広さもないし、大量のネズミが発生したり周辺の工場から流れ込む排水で、酷い環境となっているようです。また、詩に「一青螺」と詠まれた君山という島も、現在はただの観光地となっていて興醒めの様子。しかるに、当時の風景は既に消え去ってしまっています。

当時の情景を想像させるに足る、シンプルでよい詩だと思うので、印象に残りました。

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