『ソフトウェアアーキテクトが知るべき97のこと』
2009-10-21 01:20 /
[asa]4873114292[/asa]
この本に書かれているのは、煎じ詰めると「アーキテクトの仕事をしよう」ということだ。したがって、97+α(訳書には日本人が寄稿した増補がある)のスローガンを、そのまま97個の知恵としか理解できないような人はアーキテクトには向いていないので、ブロガーにでもなった方がよいだろう(そんな肩書きがまともなものかどうかは知らないが)。
読み進めるとすぐに分かることだが、業界の著名人が語っているという点で姿形は色々あるけれど、しょせん巷の書店に溢れている変更管理の実務書や要件定義の指南書と内容は殆ど変わらない。中には「それ、アーキテクトがやる業務というよりも、プロジェクトマネージャやプログラマが普通にやる業務ですから」と言いたくなるものもある。つまるところ、まだ彼ら自身にも「アーキテクトとは何か」がはっきり掴めていないのだろう。日本人アーキテクトの書いている文章が、伊藤さんを除けば、引いてしまうくらい肩に力が入っているのを見ても、その様子は伝わってくる(笑)。
それに、やはり読んでいてどこか気になる点が残る。
まず、大雑把な所見として「アーキテクトとはすなわち設計する人なり」と言わんばかりのスローガンが何度か出てくる。しかし、その中身は「ビジネスを設計する」とか「サービスを設計する」とか「コミュニケーションを設計する」といった、ありていに言えば大言壮語が目立つ。まったく、上流工程専門雑誌によく見かけるバズワードの詰め合わせセットを思い起こす語り口だ。
語っていることは、なるほどロジックとしては正しい。しかし、その中の多くは、クライアント企業自身がやるべきことではないのかと思う。言ってみれば、システム屋ごときがクライアントに代わってビジネスやサービスを設計するなどと、傲慢なことをよく言えたものだと感心する他はない。それはまさに、たかが土建屋の端くれでしかない建築デザイナーが、例えば「生活をデザインする」などと語るときに見せる傲慢さと同じであろう。つまり、「デザイン」という言葉がもつ節度の範囲を飛び越えてしまっていることに、意気込むあまり本人たちが気付いていないのだ。
僕らの周りで仕事をしている人たちの中には、ウェブ制作・構築の末端で、ここ5年ほどは「デザイン」という言葉をビジュアルオペレーションやアートディレクションよりも広い意味で使い説明しなければ、顧客に対する場合でも不都合が多いと考える人が増えてきていた。しかし他方では、「デザイン」という言葉が逆に濫用されていると感じて、手垢のついた言葉に固執するのはやめて「設計」という言葉を使い始めている人も増えている(言葉を使い分けたら分けたで生じるリスクもあるわけだが)。
興味深いのは、どちらの場合であれ、多くの人が建築デザイナーの仕事を参照したり、建築業界のフローを手本にしている。ウェブサイトやサービスシステムの制作・構築は、まだまだ試行錯誤の余地が多い業界なので、それもまた推奨されてしかるべきだろう。だから、僕は Twitter や MD でも逆の趣旨の文章を書いているように見えるかもしれないが、他業種に学ぶことを否定しているわけではないのだ。そうではなく、ウェブ業界には、他業種から安易に転職してくるドロップアウト組の掃き溜めになってほしくないだけである。
