ディレクターという仕事は難しいと思う

2009-10-21 01:53 / scribbles

僕たちは、それぞれ自営業であれ従業員であれ、自分たちのビジネスを成長なり持続させるために働いている。少なくともそう信じない限り、わざわざ倒産へと突き進むことが明らかな企業へ好んで入社する人は、立て直し役のコンサルタントでもない限りいないだろう。もちろん、企業で働くのは、自分の勤める会社を維持するためだけではない。その仕事に興味があったり好きだという理由もあるだろうし、その会社自体が好きだとか経営者に心酔している人もいると思う。

ウェブ制作プロダクションのディレクターは、サービス業の末端にいる者として、顧客企業や彼ら自身の顧客であるエンドユーザ、あるいは自社の同僚や株主をも含む、いわゆる「ステークホルダー」が、それぞれの立場で自社あるいは自分にどのような利害関係をもっているかを理解していなくてはならない(利害関係をもつエンティティは全てステークホルダーだと言えるから、当然ながら競合企業やクレーマーや総会屋もステークホルダーと言える)。そして、まともなレベルのディレクターというものは、そうした利害関係をうまくコントロールできる中心にいるものだ。調整役あるいはインターフェイスとしての本領を発揮できるディレクターは、年齢に関係なく頼もしいものである。

自分の立場を有利にするためだけに働くような人々、すなわちクライアント企業からは Web 2.0 的にクラウドを活用し分散化されたソーシャルなオープンソースの戦略的ソリューションに代表される絶望的なたわごとで金をぼったくりフリーランサーや在宅ワーカーからはクリエーティブなものづくり精神の押しつけで工数を搾り取るような人々がせめぎ合っているだけでは、ウェブ制作・構築のディレクションというスキルは、「業務」や「ビジネス」を名乗っているだけの詐取でしかない。もちろん、かような「スキル」をもつ人々が演じるセコい駆け引きを称揚して、「豪腕ディレクター」だの「辣腕プロデューサー」だのと持て囃す人々も、いまだに根強く生き残っている。現今では、「ホスピタリティ」や「サービス精神」のお題目で、殆ど何も serve しようとしない企業が従業員に serve せざるを得ない状況を、意図するしないはともかく作り出しているかのようだ(「かのようだ」と書くのは、恐らく経営者もどうしてそうなってしまうのか分からないからだ。根っからの悪人などそうそういるものではない)。社会心理学で言う「強制された自発性」(あるいは「強迫観念的ノーブレス・オブリージェ」と言い換えてもよいだろう)というやつである。

この業界では、そろそろ10年ほど数々の人と仕事をしてきたことになるが、ディレクターと呼ばれる人の5人に4人は、いまだに納品物の「変更」や「更新」という作業を「修正」と呼ぶ傾向がある。各種の年鑑や雑誌に実績が掲載されて多くの業界人に知られているようなプロダクションから、フリーのディレクター、そして零細デザイン事務所にいたるまで、色々なディレクターたちに見る傾向を全て合わせても、同じような傾向があるのはどうしてなのか。どこかに、上記のような駆け引きにかかわる区別をわざとせずに顧客へ媚びへつらうことが、ディレクターとしてのサービス精神や心構えであるなどと教えている専門学校でもあるのだろうか。そういえば、営業職でも口癖のように「申し訳ありません」の一言からメールを書き始める人がいるらしい。

もちろん、あまり酷い場合は社内で指摘したり注意するわけだが、かつて何人かの自称ディレクターが口にしたのは「そんな区別は、ディレクターはしなくてよい」というものだった。どうやら、彼・彼女らが言わんとしているのは、ディレクターとはデザイナーがジョブチェンジしたものだということらしい。したがって、彼らにしてみると、開発会社のプログラマからジョブチェンジした SE が口にするような、要件とか仕様とか変更といった「小難しい専門用語」による細かい区別は、自分たちには不要であるというのだ。ディレクターたるもの、常に顧客の目線で物を見て考える。したがって、顧客に分からないような枠組みを持ち込むと相手に不信感を植え付けてしまうのだという。

なるほど、この業界には人を煙に巻くような「ロジック」が好きな営業マンやマーケターもウヨウヨいるので、わからなくもない。しかし、顧客の目線で考えるということと、自社の不利益になると分かっていることを勝手に行うのとでは、意味が違う。後者は、職位もないディレクターごときが独自の判断でやってよいレベルを越えており、ただの背任行為である。もちろん、営業経費の予算枠を月に数百~数千万くらい使えるディレクターなら許されるかもしれないが、当然その売上額は月平均で3倍ていど、つまり数千万~億単位でなければならないだろう。この額面がオーバーだと思うなら、数十人規模の会社でも人件費だけで月に数百万~数千万かかることを想像すれば、自分一人の判断で社内のスタッフを無駄に動かすことのリスクがどれだけあるか、小学校を卒業していれば誰でもわかろう。うちの事業本部長も、ときおり気付いて正しくコメントしているが、ディレクターは顧客との人間関係を大切にしなくてはならないが(言いたければ「カンケーセー」でもよいが)、隣近所のパソコン兄ちゃんが暇つぶしにホームページ作りを手伝っているような姿勢で顧客と接してはいけないのだ。

ウェブ制作プロダクションでは、プログラマ出身のディレクターよりも、デザイナー出身というディレクターの方が多い(しかしそれは、ウェブ制作プロダクションではプログラマよりもデザイナーの方が単に多いからというだけでしかないと思う)。更には、恐らく元デザイナーと同じくらいの割合で、元他業種という人々も山のようにいる。この業界では、ネットワークどころかデザインやウェブサイトのしくみも分からない、ただの使いっ走り営業とか、あるいは外注の仕切り屋が「ディレクター」を名乗っている事例も非常に多い。このような状況を見ると、まだ当社のように広告がらみが多い制作プロダクションはともかく、ただのホームページ屋さんレベルの仕事を程度の低いディレクターや決裁権者に任せたままにしておけば、大方の制作プロダクションは、かつてのワープロ入力業と同じ末路を辿るように思える。もちろん、SE と同じようなスキームやフロー(例えば PMBOK)で業務を執り行えなどという単純な話をしているわけではない。

なぜ自分たちが納品までに発注者事由で手を入れ直したり、納品後に発注者事由で手を入れ直すことを「修正」と呼んではいけないのか(或る意味で空しい建前かもしれないが、瑕疵担保期間内であっても「本当の修正」でなければ追加料金を請求できる)。人によっては、それを「修正」と呼んでもよいと言うだろう。頭に血が上ったままシステムを語りつづける、「IT アーキテクト」や「IT コンサルタント」と呼ばれるようなバズワード先生なら、「クライアントの真意・要求をつかみ損ねた、自分への罰だからだ」と拳を机に叩きつけてわめきかねない。自称ディレクターは、かような IT 詐欺師どもと一緒に「みんな・ワタシが・悪いのよ」と演歌でもそらんじておれば満足だろうが、関わっている多くの他人(他人の時間、つまり他人の人生を一部であれコントロールする権限を会社から委譲されているという自覚がほしい)には何もメリットがない。売上にも繋がらないし、自分たちの時間も無駄に使う。また殆どのウェブ制作・構築において、悲しい現実かもしれないが、本当のところ受託側が「サービス」などと称しつつ思い上がってやっている作業は、発注者にとってはクソの価値もないのである。

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KAWAMOTO Takayuki

Mr. KAWAMOTO Takayuki
also known as philsci
(birth day: Sep 20 1968)
live in Osaka city, Osaka, Japan.

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