哲学の二つの尺度
2008-03-28 01:59 /
昼休みともなると、頻繁にジュンク堂へ通っては哲学の棚にも足を運んでいます。最近、高校生のときに友人と読んでいた『別冊宝島』のように、哲学(研究者)のパフォーマンス採点みたいなものをするようになりました。今回は、冗談半分に採点するときの基準についてお話します。
タイトルにもあるとおり、哲学の本や研究者を「採点」するときに二つの尺度を使います。
その一つは、「上手な哲学」と「下手な哲学」です。ここで言う上手とか下手というのは、もちろん技巧のことだけでなく、商売上手や商売下手という意味合いも含まれます。そしてもう一つの尺度は、「純粋な哲学」と「不純な哲学」です。これは、何らかの目論見をもってやる哲学と「やらざるを得ない」ような心境とか状況でやる哲学を区別しています。それぞれの尺度は5段階の評価となっており、下手な哲学の0は上手な哲学の0、そして下手な哲学の-2が上手な哲学の2という具合で、座標を描くとプロットできるようになっています。
何となく意味合いは分かるかと思いますので、さっそく採点してみます。例えばドナルド・デイヴィッドソンは下手-2で純粋+3となり、ヒラリー・パトナムは上手+3で不純+3となります。どちらかというと、採点した評点の多い少ないよりも、「不純の何点」とか「上手の何点」という、プロットした象限の方が言いたい意味の多くを語っています。したがって、不純の+3と+2でどういう違いがあるのかと問われても、たいていは困る(笑。
同じような調子で採点していくと、次のようになります。よく分からないかもしれませんが、ご参考に。
- プラトン・・・上手: +3 / 不純: +1
- アリストテレス・・・上手: +2 / 純粋: +3
- ヒューム・・・下手: +4 / 不純: +3
- デカルト・・・上手: +2 / 不純: +3
- カント・・・上手: +3 / 純粋: +4
- ヘーゲル・・・下手: +2 / 純粋: +4
- フッサール・・・下手: +2 /? 純粋: +3
- ハイデガー・・・上手: +3 /? 純粋(不純): 0
- ラッセル・・・下手: +2 / 不純: +3
- ヴィトゲンシュタイン・・・下手: +4 / 純粋: +4
- デリダ・・・上手: +3 / 不純: +1
- フーコー・・・上手:? +3 /? 純粋:? +1
- デイヴィッドソン・・・下手: -2 / 純粋: +3
- クワイン・・・上手: +3 / 不純: +2
- パトナム・・・上手: +3 / 不純: +3
- 現代の大方の科学哲学者・・・上手: +1 / 不純: +1
- 大方の日本の哲学者(科学哲学に限らず)・・・下手: +1 / 不純: +1
- 大方の思想・哲学系評論家・・・上手: +1 / 不純: +2
こんな感じで。自分でも評点の根拠は印象としか言えないのですが、純粋だろうと不純だろうと評点の高い人は尊敬に値します。ハイデガーは感覚としては純粋なところと不純なところがどちらも +3 ずつくらいで相殺といったところでしょうか。それゆえ、点数には出ませんが尊敬に値する(笑。やっと最近になって日本でも分析系の形而上学がウェブの ontology とセットにして流行し始めましたが、ウェブと同様に消費されて終わるような水準では終わって欲しくないなあと思っています。
