sIFRは日本で流行らなくてよかったのである

2008-03-24 00:02 / design

地域情報のサイトをつくっています。まだ設計段階ですが、今回はまじめにアクセシビリティに取り組もうと思うので、少しおさらいとか、いまできる技術的な話題を拾っています。そこで再び sIFR という懐かしいテクニックに出会ったのですが、そういう問題じゃないだろうと。そもそも sIFR やスタイルでヘッドラインタグのテキストを飛ばしてる時点で、サイトを制作する主目的から何かズレてないかという気がします。

UAI研究会翻訳プロジェクトの『Webアクセシビリティ』(毎日コミュニケーションズ)を読んでいると、sIFRScalable Inman Flash Replacement)を「アクセシブルな画像置換」として紹介してありました。sIFR(シファー)を簡単に説明すると、JavaScript と FLASH でテキストを置換し、FLASH に埋め込んだフォントを表示するものです。だから、ユーザのマシンに入っていないフォントでテキストを表示することができて、しかもページのテキストサイズを拡大しても文字が美しいまま拡大されます。このような利点から、一部のブログのヘッドラインにしばしば使われていたのを覚えています。しかし日本語環境でウェブサイトを制作するときには、

  • 必要なだけフォントを埋め込むと、FLASH のファイルサイズが肥大化し、太いスループットを要求するという点で、障害者どころか誰にとってもアクセシブルでなくなる。
  • そもそもフリーでない日本語フォントの利用ライセンス全てに抵触する可能性があるため、どのみち表示したいフォントを殆ど使えないのではないかという恐れがある。

という大きな問題があるのに加えて、思想というか考え方として何か間違っているような気がして、このテクニック自体は2年くらい前から知ってはいましたが、自分のサイトでは一切使ってきませんでした(ちなみに、WordPress にもこれを実現するプラグインがあります)。

sIFR に見え隠れする発想の中でいちばんひっかかるのは、このテクニックが普及してしまうと、いつもながらウェブ構築業界にロクなものを持ち込まない広告業界や印刷・DTP業界出身の一部の人々によって、濫用される恐れがあるという点です。つまり、Inman さんたちはどうなのか知りませんが、クライアントの意図をユーザに伝えることがデザインの目的ではなく、てめーのこざかしい思いつきをユーザに強要することがデザインの目的なのだと考えている人たちに使われてしまうのだろうなと思います。正直なところ、殆どのユーザにとってタイトル文字のタイプフェイスが新ゴだろうと AXIS だろうと、そんなことはどうだっていいです。しかし、得てしてウェブ構築がプレゼンテーションやビジュアルだけで成り立つわけではないという簡単な事実を忘れてしまう人たちは、新ゴは大阪人フォントだからダサいとか、AXIS はオカマフォントだとか言い合っていて(笑、ユーザやクライアントをどこかへ置き去りにしてしまいます(したがって、つい先日に公開したエントリーでタイプフェイスをどうのこうの書いていたのは、全くの個人的な好き嫌いの話でしかありません)。恐らく、まだ産業として成熟していないウェブの業界でこういうテクニックを導入しても、ロクなことにはならないだろうなぁと。

それに、sIFR を使うからこそアクセシブルになるようなサイトなど、原理的に存在しません。色々なマシン環境やハンディキャップという条件・制約に置かれている、出来る限り多くのユーザに同じコンテンツを伝えるというシンプルな目的のために、現時点で最善のフォーマットはテキスト情報でしかないと言えます。しかし丸裸のテキスト情報だけでは、ネットワークという電送通信技術の原理からして、特に視覚障害者には情報をリニアに(シリアライズドのテキストデータとして)伝えることしかできないため、文書構造をマークアップして目的のコンテンツにアクセスしやすくするという手法が採られます。もちろん、耳で聞くだけなら動画や音声で内容を朗読する方が伝わりやすいのは確かですが、今度は聞こえない人に何も伝わらないのは自明です。かようにして、コンテンツの提供側と利用側に(自治体や営利企業の場合はともかく)極端な負荷を強いずになんとかやりとりする方法としては、マークアップされたテキスト情報が提供側にとって最も低コストであり(低コストであることは提供を促進したりモチベーションの余計な障害にならないという点で重要です)、利用側の音声ブラウザにも困難な解釈をさせずに済むと考えます(ここからも高度な解釈を要する高額な音声ブラウザを開発しなくてもよいという結論が出るでしょう)。

既に 2005 年の時点で議論されていたように、 sIFR はアクセシブルでもユーザブルでもなく、単なるタイポグラフィカルなこだわりのためにしか存在しない「小手先デザイン(workaround)」です。小学生の頃から実家の商売の手伝いでポップを書いていたようなレタリングの経験もあって、タイポグラフィについて一家言もっているつもりの僕から言っても、ウェブという領域でこのような点にこだわり過ぎるデザイナーは、そもそもウェブの案件を受注する資格があるのかどうか自問すべきです。最近では、SEO 担当者とデザイナーの対立を解消するために、ヘッドラインタグ(h1~h6)の要素を画像できれいきれいに作成してから背景画像となるようスタイルシートで設定し、テキスト情報は同じくスタイルシートでスクリーンの外へ飛ばしてしまうという、学生レベルの小手先テクニックが学生レベルの制作プロダクションに尊ばれた時期もありました。しかしこれにしても、display: none から text-indent: -9999px に至るまで、実は SEO 向けのバッドノウハウでしかないということを、ウェブデザイナーを名乗る人々は学んでいる筈です(display: none や visibility: hidden にすると、コンテンツがスクリーンリーダに読まれもしないという問題については、すでに5年も前に僕たちは学んでいる筈です)。

もちろん現状の制約でどういうことができるかを試行することに異論はありません。sIFRを提唱した有名なエントリーにも説明されているように、 目的に応じて最適と思われるフォントを使いたいというのはデザイナーとして自然な態度と言えるでしょう。

しかし、そもそもそのような事にこだわる前に、やるべき事はないのだろうかと思ってしまうのです。今日でも、かなり多くの(とりわけ企業に属する勤め人の)デザイナーは、デザインに対する責任というものから免れてきました。しかし多くの場合にウェブデザインの目的を考えると、タイプフェイスをどうのこうの言う前にやることがあるだろうと考えてしまうのです。それはなぜなのか。

その理由は明白です。殆どのウェブデザイナーは、ウェブサイトの運用について殆ど経験や知識がないからです。

勤め人のデザイナーであれ派遣社員であれフリーランサーであれ、ともかく自分で企画立案やプラットフォーム(レンタルサーバなど)の選択 からウェブサイトの構築をはじめ、少なくとも数年は不特定多数のユーザとやりとりが発生するような(商用であろうとなかろうと)ウェブサイトを運用した経験があるデザイナーは、実はほんの一握りしかいません。おおよその経験から言うと、日本でウェブ制作に携わっている人のうち、1,000 人に 1 人くらいしかいないと言えます。つまり、殆どのウェブ制作会社はウェブサイトがどうやって長期的に成功するのか、知らないのです。自分たちで試行錯誤すら、やったこともないのですから。たまに、自社の関連サイトとして相当にイタいポータルサイトをタケノコのように公開している中小制作会社もありますが、まだマシと言ってよいでしょう。みなさんが『Web Designing』や『Web Creator』といった雑誌で目にする制作会社は、そのようにイタいことは逆にできないので、経験を貯めようと思っても貯めようがないというジレンマに陥っています。そこで、自分たちに殆ど実績や経験がないことを隠すしかないので、見栄えの技術を追いかけることに逃げはじめるわけです。Silverlight だろうと AIR だろうと、ウェブサイトが成功するために必須かと言えば、全くそんなことはありません。これは断言して言いますが、5年前の技術だけで、十分に成功できるウェブサイトを制作して運用できるのです(費用が安く済むという意味ではありません)。

ようやく最近になって「デザインが美しいだけの ウェブサイトは逆にアクセスが下がる(リピータが定着しない)」などと言われるようになりましたが、こうした点を見ても、いかにウェブ制作業界のデザイ ナーがウェブサイトの運用というノウハウや知見や経験を持っていないかを如実に表しています。自社でウェブサイトを運用しているような会社のデザイナー は、おおよそ5年以上前からこの程度の事は熟知しており、ページデザインの美しさなど、ユーザに対する訴求の第一目的でもない限り、逆効果しか生まないこ とを誰でも知っています(多くの場合、すっきり美しいページは、どれほど FLASH でごちゃごちゃ動いていようと、人気(ひとけ)のないゴーストタウンに見えて逆にイタい)。つまり <h1> 要素の見栄えに限った話だけでなく、この程度のビジュアルをうんぬんすることに血道を上げているような人々は、おおむねウェブデザイナーの名に値しないのであります。

もちろん、この点について大手の制作会社にいるデザイナーさんは異論があるでしょう。いわく、「俺はそんなことに責任は持っていないし、そういうことは情報デザイナーがやってくれるのだ」と。しかし、そんな分業化が進んでいる制作プロダクションは国内に幾つあるでしょうか。僕が勤めている会社ではそのように分業化されていて、情報設計とビジュアルデザインと FLASH デザイナーは区別されていますが、殆どの制作会社ではありえないことでしょう(中小規模の制作プロダクションで、そのような直接経費つまり固定費をかけてもよいと決断するところは、一人一人が中村勇吾さんクラスの値段で売れる場合に限ります)。もちろん、それでよいと言っているわけではありません。そもそもウェブデザイナーにウェブ事業としての成功を目的にした設計や運用体制の構築までプランニングさせるといった責任を負わせて良いのかどうかは別の問題です。僕自身は、もちろん本当は負わせるべきではないし、現実にもまともなプランニングができるわけはないと思っています。だから、ウェブサイトの制作を発注したことがある人なら誰でも知っているように、殆どのウェブ構築案件は、せいぜい現状どまりか失敗するのです。

だからといって、ウェブデザイナーが現状に甘んじていてよいわけはありません。実際にサイト構築の主目的を適えるような仕事をしなければ、遅かれ早かれ別の目新しいデザインや技術を扱える人に追いやられて、日干しになってしまうでしょう。まぁ、最近のデザイナーやプログラマに見られる刹那的な態度も、逆に彼らが「ウェブのデザインや技術とはその程度のものだ」と感じ取っている証拠なのかもしれません。しかし、少なくとも長期間の仕事として従事しようと考える人には、情報設計や販売戦略まで責任を担えるようになれとは言わないにしても、sIFR やその他の小手先テクニックを弄くり回す暇があれば、他にやるべきことがあると言いたいのです。その一つが、アクセシビリティでもありますし、業務知識でもありますし、Dreamweaver に頼らない(しかし我流に陥らない)コーディング技術でもありますし、基本的なネットワーク通信技術の知識でもあります。正直、スループットに依存するような FLASH ムービーや Ajax を扱ってデザインしている人が「レイテンシ」も知らないというのは、ちょうどインクの原料を知らないで印刷会社のデザイナーをやっているに等しいと言えます。

1個のコメント

  1. philsci says:

    本日 reddit で見かけた、Typeface.js というライブラリは、FLASH を使わずに sIFR と同じく文字をページに埋め込みます(http://typeface.neocracy.org/)。こちらは TrueType フォントを SVG に変換したデータをサーバに用意して、そこからベクトルデータを読み取るようです。上記で書いているのと同じ趣旨から、同じような批評は可能かと思います。

    こういう記事だけを見た人がよく誤解しているケースを hatena とかで見かけますが、僕はもともと両親がガリ版の代筆業とか印刷会社の製版部長をしていて、子供の頃から印刷技術に囲まれて育った、「紙媒体」が出自となる元ウェブデザイナーです。25年くらい前からコンピュータも使って、当時の「マシン語」や HuG BASIC なども書いていたので、プログラミングもそれなりの素地をもっているのですが、どちらかと言えば、ワープロ専用機(OASYS)を長らく使ってきたり、哲学の同人誌を作っていたり、DTP とかデザインの方がベースになっていると思っています。したがって、システム屋さんの視点からデザインについて書いているわけではありません。

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KAWAMOTO Takayuki

Mr. KAWAMOTO Takayuki
also known as philsci
(birth day: Sep 20 1968)
live in Osaka city, Osaka, Japan.

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