最終更新日: 2008年11月22日

「関係性」

2008年02月02日 00:59

「関係性」は、ここ数年のあいだによく目にする言葉となりました。単純に評すると、思想とか、あるいはぼんやりと「難解なもの」に対するコンプレックスしか読み取れないのですが、もう少し善意の解釈を試してみたいと思います。

「わたしたちの生活と言葉遣いの関係性に着目してみよう」

「なにが『関係性』だ、文学かぶれが。」

この言葉に違和感をもつ人であれば、その多くがこんな感想を抱いてもおかしくはありません。

単純に受け取ると、この言葉遣いには、なにか思想や哲学をかじった素人にありがちな底の浅い自己陶酔が見受けられます。あるいは単にペダンティックなだけの俺流用語というか自家発電言葉とでも言えるでしょう。この種の言葉遣いを好むであろう人々いわく、わたしが語りたいことは他人が簡単に言い表せない「クォリア」なので(笑、こう言わざるを得ないのであり、かくある言語との格闘に立ち向かうための知の武器として現代のなんたらどうたら・・・もうええわ、だあっとれお前らは。

というわけですが、 ひとまず冷静に検討してみると、「関係」という二項以上の値を取るものに、「~性」という一項の値しか取らないものを組み合わせることが、各人にとってひとまず某かの意味合いを持っているのだとしましょう。すると、「関係性」と言う場合には、或る事柄と別の事柄に何らかの「関係がある」ということの、意義深さを強調したいだけではないでしょうか。つまり冒頭の例文を引き合いに出すと、「わたしたちの生活」と「言葉遣い」に何かの関連があるということが、話者にとって重要なのでありましょう。でなければ、このお話には、しばしば哲学科の学生に教師が与えるパズルのような展開が待っています。

教師 「関係が、二項 A と B を結びつける何らかの実体であるなら、A-●=B のように図示できるだろう。」

学生 「なぜそういう図になるのですか?」

教師 「何らかの実体として『関係』を描くと、その関係なる実体は、ひとまず A に結びつく仕方と B に結びつく仕方を、結果として両者が同じだと分かるにしても、ひとまずは区別して考えなくてはならないからだ。もし各項への結びつき方が、どの項についても同じようだと考えてみなさい。どうなる?」

学生 「たぶん、A-●=A や B-●=B や、あるいは B-●=A と A-●=B の区別がない結びつき方になると言わざるを得ませんね。すると、結びつき方として図示された “-” と “=” に区別がなくなります。」

教師 「それは困るな。あらゆる関係が反射律を満たさなければならなくなる。だから、その関係が A と結びつく仕方は B と結びつく仕方と、ひとまずは別の結びつきとして扱わなくてはならない。であれば、A-● と ●=B は、それぞれ別の結びつきと言えそうだ。」

学生 「はい。」

教師 「しかし、それが正しいなら、A と関係 ● とを結びつける仕方はだな、B と関係 ● とを結びつける仕方と結果的に同じであったとしても、どんな結びつき方なのだろうか?」

学生 「ほえ? A と ● の結びつき方ですか。それは・・・A と ● とを結びつける何らかの実体があって・・・」

教師 「おいおい。それでは無限後退になるぞ。今度は A+■*● という結びつきを要求する ■ なんて実体が出てきてしまう。だとすれば、A と ● の結びつきについて正しく理解するには、■ と A を結びつける + という結びつきについて正しく理解しなくてはならず、次に・・・」

学生 「はいはい分かりました・・・」

おおよそ、フレーゲの勉強をやり始めると出てくるお話かと思いますが、かようなわけで、「変項について或る関係を結びつけるもの」という実体を語っているかのように受け取ると、言葉としての違和感が生じるだけでなく、「本当に中世哲学でも専攻した上で言ってるのか」と、問い質したくなってしまうでしょう。

5個のコメントがあります

  • どもです~
    お忙しそうですな。元気してはりまっか。

    関係性、なるほど哲学の言葉でありましたか。
    ワシはこっちのほうを先に聞いてましたが、
    ブランドだかブランディングだかの方面でも関係性とかいうらしいです。
    http://www.mitsue.co.jp/case/glossary/b_070.html

    業界用語みたいなのもんですかね。
    文学にホントにかぶれると、反対にあやふやな言葉遣いは避けるような気もしますが、
    まぁ、人それぞれってことでしょうな。

    と、挨拶がてらに m(_ _)m

  • 投稿:ayamame /

  • おひさしですねーだんな。

    言葉が難しくなると、やはり「文学」になるんでしょうか。よく聞きます。
    あるいは、「詩的表現」などという罵倒語も目にします。何が「詩的」なのか、
    僕もよく分かりません。

    そう言えば、また WordPress のテーマ替えてますなw
    最近はたくさん出回っていて、僕もコーポレートサイトのひな形選びに迷い
    ました。結局は自分で作る羽目になりましたが・・・ここに追記してます

  • 投稿:philsci /

  • で、弊社の IA もよく参考にしてるミツエーさんのページですが、やはり buzzword であろうかなぁ。

    あるいは、ブランドやコンセプトやデザインモチーフとしての或る概念を、他の何かと結びつけるだけの
    根拠が<正確に表現できない>ときに、言ってみれば「なんかカンケーあるんとちゃうのん?」
    といった仄めかしに使われているだけという印象を受けます。更に、何かは存ぜぬが「よきこと」と
    関連があるかのように、自社製品を提案するための目くらましというか。

    皮肉を言いましたが、でも、「そこに、よくは分からないけれど何か結びつきがある」という意見そのもの
    には良いも悪いもありませんよね。それぞれの人が頭の中で展開している考え事を否定しようなんて意図
    は、全くないのです。

    残念なことに、この言葉を好んで口にしているのが、SEO やら戦略担当者やら、つまりは UX 系の
    曖昧な議論をしている人々だという経験則があるので、どうなんだろうなぁ。この言葉でもって語られ
    ようとしていることまで「下らない」と思われるのは(個々の議論が下らなかったしても)、
    好ましくありませんよね。

    言葉の場合は、犯罪とは逆で、使う人に責任があるのではないかと。
    だんなが申す通りかどうかはともかく、その責任を担っていると自覚しているのが
    文学してる人たちなのでしょうか。

  • 投稿:philsci /

  • > Wordpress のテーマ
    「ぉ」というのに出会うと参考にさせてもらってます。

    > 文学?
    どうなんでしょうね。
    伝えたいことが先ずあるんでしょうから、
    誤解を極力避けたい、
    当人さんはただそれだけの気持ちのような気はします。
    傍からみると責任というやつに映るのかもしれませんね。

    伝えるものがたいていは気持ちですから、
    どうしても恣意的になりますし、
    普遍的なものを求める目線で見ると、
    その辺りに消化不良を感じるのは当然だと思います。

    > 曖昧な議論に潜む微妙な言葉
    議題が下らなくないのであれば、
    合間の下らない表現はスルーしといたほうが、
    ストレス溜まらなくていいかもですね(^^;;)

    なんにしろ、おきばりやす。
    でも、ほどほどに~。
    philsci さんにお時間できたら、また飯食いましょう(^∀^)

  • 投稿:ayamame /

  • 今度は京都で!

  • 投稿:philsci /

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