「図示化する」
2008年01月30日 23:16
ときどき見かける表現の一つです。社会学者の鈴木健介さんと電通さんが書いた『わたしたち消費』(幻冬舎)にも出てきていました。正直なところ「図示した」と言えばいいのに、どうしてこういう表現が出てくるのでしょうか。
「図示化する」とはどういうことなのでしょうか。もちろん、或る発想や見解を図で表すことに違いありません。そして、単に「図示する」というだけだと、その意味からして、示す図がオリジナルであるかどうかは問われないので、もしかすると図を描き換えただけのように受け取られる恐れがあります。したがって、わざわざ図示「化」すると言うことで、その考えを図で表すのは初めてのことだという意味合いが含まれているのかもしれません。
「~化する」と言えば、テレビのアナウンサーがよく口にする「本格化する」という表現には、何か遠くに突き放したような、「なんか、そんなことになってるらしいよ」という無責任さが見て取れます。この表現が多用されるのは、とりわけ政府の特別部会や自治体の活動を伝える場面であったり、何らかの政策が実務レベルで検討され出す場面のように見受けます。そうした点から言えば、国民の政治に対する無関心をよく反映しているとも言えるでしょう。
「本格化する」という表現を約めて「本格する」とは言えませんが、「図示化する」という表現は明らかに「化」の一語が余計なものに見えます。とは言え、見方を変えてみると、「図示する」という行為をそのまま言い表すだけでなく、「図示するということをやってみた(結果)」という意味合いがあるように読めます。つまり、何か或る考えを図で表してはみるものの、その図が適切であるかどうかは分からないとか、他にも異なるやり方で図示できるのかもしれない、という留保が含まれているように思えます。
僕自身は気持ちが悪いので、こんな表現は決してしませんが。
