ついでに OpenID ネタで書いておこう
2009-04-20 00:00 /
最近なりを潜めてる OpenID の啓蒙家さんたちについては、個人的な活動ならもっとがんばってもらいたいと思う。技術的な面白さだけで人の(オンライン上のものにすぎないが)アイデンティティのフレームワークを弄ぶ末端の「ものづくり」下請けプログラマの無神経さには反吐が出そうになるけれども、しかし啓蒙そのものについて文句を言いたいわけではない。
なんだかファウンデーションが設立されてからこのかた、個人的に啓蒙してきた人々の気配を感じないわけだが、設立されてから1年以上も経つのに公式ドキュメント一つ翻訳できないファウンデーションなんかあてにならんだろうし、個人的に啓蒙活動をしている人たちには、批判的な立場からもエールを送りたいのである。ただし、「○○で実装してみた」系の低劣な話はもういい。
で、少しファウンデーションの話をすると、啓蒙活動や技術的な下支えをするつもりで設立したのであれば、あの openid.ne.jp をやってるアセントさんについてどう考えているのか、どのみちファウンデーションは政治的な理由でつくったんだろうし、何らかのアクションがあってもよい思う。いまのところ放置しておいて、干からびるのを待ってるような状態なんだろうけど(まぁ何か違法行為をしてるわけでもないし)。
でまぁ、この団体も殆どが首都圏の上場企業で構成されてて、国内の大手ウェブサービスに実装した OpenID という通行手形を、後発のスタートアップに対するアドバンテージ(うちらは既にレピュテーションを通ってきてる、みたいな)として既成事実化したいという思惑が見え隠れしているわけですな。俺がこのまえ Perl の社団法人について感じた胡散臭さと同じなのよ。そのうち OpenID 認証用のアプライアンス・サーバを導入しなさいとか、OpenID のことならうちにお任せ下さいとか、あるいは何だっけ、ビターなんたらみたいな田舎守銭奴の社交クラブがアジアの辺境地域にあったけど、あれの入会規約みたいなモノになっていくのかもしれない。
というわけで、大手 IT 企業は国内外を問わず、「ソーシャル」とか「レピュテーション」とか「オープン」という単語を振りかざして、事実上の寡占状態をつくるのに必死ではある。「オープン」で「ソーシャル」な舞台で評価は受けているから、強く正しいのだと彼らは言う。しかし、エンドユーザに示されている選択肢の枠を提供する企業は限られているという構図だ。簡単に言うと、彼らは OpenID という認証プロトコルなんかどうだっていいんだよ。ウェブサービスどうしの相互認証という仕組みを実装しておけば、新規参入するサービスに対して最初から有利な立場を維持できるからせっせと旗を振っているわけで。
