みんなが「表現」する社会って

2009-05-28 00:00 / hittings

ちょっと前に書いたエントリーについて、コメントでフォローしようと思ったら長くなったので、ここへ場を改めます。

先の僕の文章が、ネットに対するアレルギーじみた叫びのように見えてしまうといけないので、少し補足しますと、オンラインのサービスは僕自身がよく利用しています。うちは、連れ合いもウェブ制作の仕事をしていて(いま隣でネットゲームやってますが)、家族との会話が「はてブ」のコメントをきっかけに始まったりします。ですので、熱中している人がいたり、そこそこ適当な距離感で使っている人がいたり、色々な付き合い方をしている人がいることは、重々承知しています。

使う人だけでなく、ブログホスティングをはじめ、ウェブでサービスを提供している人たちは、それが好きだとか、人生それに費やそうと思って張り切って頑張っている人たちもたくさんいます。中には同業者として尊敬できる人も多いです。なので、使うにしろ作るにしろ運用するにしろ、総じてネットサービスが大好きな方に異論があるわけではありません。それは、BMWや楽天イーグルスやウォーターマークの万年筆のファンに異論をもっていないのと同じことです。また、エンジンや釣り竿や耳かきを作っている人たちに何も文句がないのと同じことです。ウェブで提供されているサービスを利用することは、僕にしても既に生活の一部になっています。僕のあの文章は、決してそれが何かの堕落であるとは言っていません。しかし、他のものを措いて優先すべきことだとも思わないので、否定的な書き方をしました。いや「否定的」というよりも、シンプルに突っ込んでみたというくらいの意味合いの文章です。

引用した元々の文章を書かれた方が述べている「表現」とは、何も文学者や政治運動家が言うような意味合いではなかろうとは思いますが、かといって毎日の献立をブログに書いたりすることを「表現」と言うのは大袈裟にも思うので、やはりどこかで何か「これまでの生き様」とか、「なんとか一筋80年」とか、あるいは世の中に物申す的な文章のことを念頭に置かれているようには見受けます。すると、国民の1割がバードウォッチングをする「社会」になればよいと述べることが異様であるように、国民の1割がブログを利用してせっせと「表現」している「社会」が望ましいと期待することも異様に思えます。僕には。

いろんな世代の人の話を読みたい・・・それだけのことならあんな文章は書かないでしょう。それに願望なら、1,000万人といった具体的な数字を予想したり、その予想が当たったとか外れたと議論することに何の意味があるというのでしょうか。

ただの一時的な流行であれば、既にあれやこれやのブログホスティングで公開しているユーザ数を合算すれば、とっくに日本の人口の1割など突破している筈です。かの文章を書いた人々が、流行について誰でも言えるような雑感を述べているのではなく、何事かを真面目に論じているのだとしたら、彼らは1,000万人の人たちがブログで何かを発言する「社会」、つまり特殊な時代や世代の流行ではなく、なんらかの仕組み(まぁ「システム」と言ってもいいんでしょうが・・・)に支えられた状態が共同体において継続すること(部分的であれ何かの正統性がなければ継続はしない)、を期待して文章を書かれたはずです。そして、僕はそういう「社会」がよいという理屈には納得できないし、そもそも 1,000 万だったらなんなんだという意味合いで、先の文章を書いたわけです。

手軽にアクションを起こせる道具として、ブログをはじめ非常に優れたサービスがネットには多いということは紛れもない事実ですが、何であれまずネットにアプローチすることからはじめるという姿勢が、多くの人にとって自然で正常と見做される「社会」を待望するなんてことは、どういう理屈で可能なのでしょう。そうであればこそ、40代以上の人たちがブログやライフストリームに消極的に見えるということが、彼らにしてみれば残念なことなのです。

もちろん、ネットにアプローチすることしか有効な方法(あるいは事情によっては「避難場所」となることもあるでしょう)がなく、それ以外は従来のアプローチだとコストがかかりすぎたという事例もあるでしょう。精神的な悩みを解消するために、ブログで何事かをぶちまけたいとか。あるいは、海外にいきなり身の回りの事情を紹介して、それこそ政治的な外圧を期待するというアプローチも考えられてしかるべきです。そういう人たちは、他に有効な方法がないかもしれない。昔とは違って、いまはあるのだから、使って何が悪いのか。もちろん、それはそうです。しかし、そういう差し迫った何かのために何事かをネットで発信したいという人々は、彼らにとっては、もともと想定されていないでしょう。なぜなら、そういう事情を抱えた人がネットをもっと活用できるようになればよいという理屈は、世代とは何の関係もなく主張できるし、またそうすべきだからです。

なんとなく同じ趣旨のことを繰り返し述べているように思いますが、書いたときに思ったのはそんなところです。

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KAWAMOTO Takayuki

Mr. KAWAMOTO Takayuki
also known as philsci
(birth day: Sep 20 1968)
live in Osaka city, Osaka, Japan.

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