最終更新日: 2008年11月22日

[09/05/2000]

2000年05月09日 00:00

ついに連載中の「太初にコマンド・ラインありき」(ニール・スティーブンスン)が終了。

ちなみに原文は、http://cryptonomicon.com/beginning.html からダウンロードできます。最後の部分はなるほど考えさせられましたので、正当な範囲の引用としてご紹介しておきましょう。著者はこの宇宙のしくみを一種の OS だと考えて、最高のハッカーである神が定数や法則を司っているのだと表現します。もしこんな OS が手に入れば、誰だって定数や法則をいじくりまわして自分の宇宙や自分の歴史を作ってみたくなるに違いありません。ただし、そのインターフェイスはコマンドラインなのです。すると・・・

コマンド・ラインを入力して Enter キーをたたくたびに、できそこないの宇宙が飛び出してくる。こんなことを繰り返していくうちに、人間はまったく逆の機能をもった OS を切望するようになるだろう。すべての能力を備えた OS、すなわち私たちの人生を代わりに生きてくれる OS だ。人生の中で出会うすべての決断項目は、あらかじめ予測され、ダイアログ・ボックスに整然とまとめられている。[...] 具合の悪いことや、期待はずれの事態が起こったときは、マイクロソフトのカスタマー・サポートに文句を言えばいい。[...]

さて、エンジニアは、あなたの抱えている問題や人生の不満をすべて聞き終わったあとで、何と答えるだろうか? おそらく、こう言うのではないか。

「人生はとても辛く複雑なもので、どんなインターフェイスもそれを変えることはできない。そんなことができると信じているヤツはバカ野郎だ」

そして、こう続けるだろう。

「お仕着せの選択肢などゴメンだと思うなら、自分だけの人生をつくりはじめてみたらどうだい? キミ自身の手で・・・・・・」

(伊東奈美子・坂和敏/訳, 『週刊アスキー』, 2000年5月24日号, 59頁)

まあ、確かに修辞的なレベルで言えば稚拙かもしれませんが、それなりに説得力はあるように思います。じゃあなぜいつまでも Windows2000 を使ってるのかって? それはあなた、コマンドを覚えたりディレクトリ構造を把握するよりもやりたいことがあるからです(いまのマシンでは Linux や BeOS だとモデムが使えなくなりますし。それすら、自分でドライバを書いてから使えとでも?)。これはコンピュータに関する著作なので無理もない話ですが、人生観だけでなくソフトウェアをつくったりする創造性も、所詮はどんな OS を使うかに関係なく評価されなければならない、とわたくしは考えています。或るソフトウェアが Windows 用ではなく Linux 用のソフトウェアとしてつくられた・・・この事だけで後者が前者よりも善いと考えるのは軽率だということです。もちろんスティーブンスン氏は、会社でエクセルのウインドウを眺めながら途方に暮れているような人たちの人生が馬鹿げている、と言っているわけではありません。そんなことを言う資格は誰にもないでしょう。重要なのは、たとえ仕方なく与えられた環境であっても、その中で自分に何が出来るのかをもっとよく考えてみよう、ということだと思います。アプリケーションはこう言っているが、果たして他の可能性はないのだろうか? ・・・こう考えてみてもいいのではないか、ということに過ぎないのでしょう。う~ん、だけど個人としては Debian とかいじってみたいな~。いま使ってるマシンはついにバッテリーが壊れましたから、2台目のノートを買ったらどちらかに入れてみたい。でもそれは、わたくしにとっては自分探しの旅ではなくて単なる趣味なんですが。

ちなみに、バッテリーが壊れたくらいの理由で「2台目を買う」と言っているわけではありません。

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