Scribble at 2022-12-04 21:15:40 Last modified: 2022-12-04 21:47:59
昔から、editable なんて属性が HTML に追加された頃だから10年以上も前からになるけど、どうもこの手のアプローチは好きになれないし、信用できないんだよね。だって、究極の「オン書き」なわけで、ネットワークやサーバのパフォーマンスによって、いくらでも書いてる途中のテキストが破壊されるわけじゃん。もちろんパソコンでローカルのファイルを操作していてもリスクはあるけれど、ウェブ・ページ上のテキストなんて比較するのがバカらしいくらい他のさまざまなリスクがある。
そして、こういうアプローチのテキスト編集ツールは、プログラミング用のエディタすら出ているわけだけど、やはり広く普及しない。CSS や JavaScript をその場で適用したり動かすエディタが使えるオンライン・サービスもあるけど、やはり使う人は少ない。当然だ。
こういうのって、他の動画や写真の編集でも言えるけど、要はソフトウェアを買えない人たちの遊び道具って感じがするんだよね。そこでプロに迫る品質のスクリプトとかデザインとか映像を作る。それはできるんだよ、たぶん。でも仕事になるかっていうとならないし、する気もないだろう。なので、そこそこ凄いけど作りっぱなしの、奇麗だしクリエーティブであっても産業的・文化的な観点ではゴミみたいなものが積みあがっていくだけなんだよね。もちろん技巧や知識は共有も継承もされないので、いわゆるミームみたいなものにもならないんだから、ともかく刹那的な成果がデタラメにあちこちで積み重なっていく。一つ一つは素晴らしい品質のものだったりするかもしれないので、それこそ新海アニメくらいの品質の動画が素人のイージーな動画作品として続々と出てくる可能性もあるのだろう。でも、俺に言わせれば「それが何か?」って感じだ。
同じく、オン書きで続々と JavaScript のコードが書かれたり、これから始まるらしい「プログラミング教育」とやらで、大量の無能な小僧どもがオンラインにクズみたいなコードをご披露するのだろう。でも、それが何だっていうのか。その中に、素晴らしいプログラムがあったとして、それで人類の叡智が 1mm だけ前進したからなんだと言うのか。逆に、そんなものに期待するしかなくなるほど、プロの仕事や学者の創造性というのは生産性が低いんだろうか。たとえ 1mm でも、それこそ数打ちゃ当たる式に大半の高校生にプログラムを書かせるしか期待できないっていうなら、もう大学で情報科学を教えるのは止めたらどうなのか。未熟なプログラマが未熟な高校生を教える大量のサイクルだけで凄い成果が出てくるっていうなら、もう学問とかプロの仕事とかいらんじゃないの? ・・・そうじゃないだろう。