2017年09月01日19時23分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-09-01 19:26:17

子育て支援が独身ハラスメントであってはならない―かほく市ママ課の「独身税」提案

情報セキュリティ担当というよりも企業の役職者としてお恥かしい話だが、メールの誤送信とかやらかした人が、たいていはこちらに「何とかお詫びせずにスルーする方法はありませんか」と相談してくる。しかもインシデントの報告がてらに。似たような話だが、自分たちの利害が優先で、社会的な公正さなんて問題外という人々が、こういう「独身税」などという発想をするのだろう。市井を見渡しても、こう言ってはなんだが凡人の親というものは自分の子供が最も大事なので、巨大な荷台を付けた自転車でも絶対に車道は走らずに狭い歩道を走るし、歩行者を避けたりせず直進する(子供が乗ってると、避けた反動でひ弱なお母さんはハンドルを取られるからだ)。

僕はこういうことにいちいち腹を立てたりはしない。この宇宙の大多数の生命が何の力もなく凡庸な生物にすぎないというのは、宇宙論的なスケールの真理であって、些末なヒトに、しょせんはヒトが考え出しただけの利害見解や道徳などというフレームを押し当てたところで、大して意味はない。もちろん、意味があるかのように擬制として法律や倫理やマナーや礼儀作法は構築して維持するが、誰も彼もがそれに理由もなく従ったり、ましてや自分から積極的に利得もないのに従おうとするなどという仮定は、社会科学的・生物学的に愚かという他はあるまい。

しかし、誤解の多いところだが、「僕はそいつらとは別だ」と言っているわけではなく、僕もそうした有限なる凡庸な生き物の個体でしかないのである。もちろん、これを免罪符にしてはいけないが、厳然たる事実として凡庸でもあり有限でもあるのだから、自分がそういう人々に何かものを言えるとは思わない。単に、そういう人々の無頓着さによって被害を被らないような「サバイバル」としての思想なり生き方を模索して、せめて自分の家族だけは守れるように実行していきたいと思っているだけだ。それが、結果として子供を荷台に乗せて決して車道を走ろうとしない母親と同じに見えるとしても。

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