2017年07月24日23時42分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-07-24 23:44:29

女性研究者のインタビュー記事で、やたらと高価な服を身につけている様子が話題になっている。もちろん、そんなことをするのは、割烹着だろうと他のブランドだろうと「女」だけなのだし、21世紀にもなっていくら自然科学の研究者だからとて、いささか人文・社会系の素養がなさすぎるとは言える。それはまさに、人文・社会系の研究者でも統計の基本的な素養はもっておくのが望ましいということと同等である。

関連して、あの昔懐かしきニューアカの時代にあった吉本隆明と埴谷雄高の DC ブランドをめぐる論争も話題になっているのだが、まぁ今でも下らないと思う。だいたい、俺よりも似合わない連中が DC ブランドについて語ったところで意味などない。ああいうのはポール・スミスやブレインズやニコルのジャケットが似合う僕のような選ばれし人間(笑)が語るものであって、彼らのような赤塚不二夫の漫画に出てくるような連中が着たり語ったところで、いい道化だ。また、あれをして何か思想としての意味があるかのようなお喋りを繰り返していた連中も、いまでは上場企業の社長におさまってるノート屋と、オウム真理教シンパの過去をひたすらスルーして大阪で「アースダイバー」などと称して小銭を稼いでいるインチキ思想家になっており、どちらにせよ凡庸な田舎学生に支持されているという現状は全く変わらない。

つまり、このようなことは良いにせよ悪いにせよ所詮は宇宙論的なスケールにおいて些事という他にないわけだが、われわれのような人間がわざわざ言及してやっているだけでも、彼らは感謝するべきだろう。(まぁ名前は書いてないから、この文章が 500 年後の誰かに読まれたとしても、誰のことなのか非常に調査は苦労を要するとは思うが。)

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook