2017年07月03日16時57分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-07-03 16:57:47

棕櫚の主日礼拝説教

・1977年4月から1995年3月までの18年間、私は名古屋の御器所教会の牧師をしていました。この御器所教会のメンバーに名古屋の金城学院大学で国文学を教えていた酒井秀夫さんという方がいました。この方は戦前伊勢の皇學館でも教えていた方で、大変保守的な方ですが、牧師として赴任したまだ若造の私や家族を親身になって支えてくださいました。私が御器所教会の牧師になって、4,5年後に召されましたが、この方はクリスチャンの女性の人がつける十字架のネックレスを非常に嫌っていました。イエスの十字架という出来事は、ローマ帝国による凄惨な処刑を意味します。福音書にも記されていますが、イエスは十字架の横木を背負わされて、ゴルコダの丘まで歩かされて行きます。そこには、おそらく何人もの人が十字架刑に処せられた杭が立っていたと思われます。その杭に横木に手首を縛られるか、釘を打ち込まれるかして、縦の杭に縛り付けられて、通常息を引き取るまで晒しておかれる、大変酷い刑罰です。イエスの場合は、わき腹を槍で突き刺されて、短時間のうちに息を引き取ったと思われます。そういう十字架を象徴している十字のネックレスを、こともあろうにクリスチャンの女性が好んでつけるなどということは、Sさんにとっては全く考えられないことだったようです。

最初に「酒井秀夫」と書いておいて後からイニシャルで表記するというのは、よく分からない文体だ。それはそうと、この「酒井秀夫」さんというのは、足立巻一さんが現在の皇學館大学で教えを受けた「白江教授」に当たる人物である。

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