2017年05月18日10時49分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-05-18 10:49:23

Category Theory: Abstract nonsense. Objects and arrows. Archery.

Google+ で、category theory つまりアリストテレスとかトレンデレンブルクの話ではなく数学の「圏論」をテーマにしたコミュニティの管理者(owner)をやっている。僕がコミュニティーを始めたわけではなくて、前任の Patrick Mahoney (University of Waterloo) から引き継いだのであった。ちなみに管理者を交代した際にコミュニティの description には "Honorable member: Patrick Mahoney" と敬意を表しておいたのだが、さきほど彼のタイムラインを見に行くと、僕宛に「それは消してくれ」と書いてあったため、22週前(22w)とはこれまた遅くなったが、彼の要望を容れて削除した(確かに、そんなことをすれば今後は僕自身が誰かと交代するときに書いてくれと言っているのも同然で、コミュニティの運営が自意識プレイあるいは虚栄心によるものだと誤解される恐れもある)。いずれにせよ、コミュニティを始めて下地を作った彼には改めて感謝したい。

でだな、category theory のコミュニティで久しぶりに他のメンバーが投稿してくれたと思ったら、ロゴデザイナーのスパムだったので、さきほどコミュニティの管理者特権で RRB (remove, report, and ban) を実行したのである。まぁ研究者は Logic-ML とか FOM-ML があるから Google+ のコミュニティに学界の情報は期待してないとは思うのだけど、かといって他のオンラインのリソース(それこそプロパーが購読している ML から主だった有名なブログとかワークショップのサイト)はだいたいアマチュアでも知ってるから、わざわざ他の SNS に投稿する「ネタ」ってそんなになくて、あそこではメンバーどうしで見つけた情報を投稿したり、議論をしてくれないと利用価値がないんだよね。

僕は実際には圏論については Eugenia Cheng の本とか大熊さんの教科書をざっと眺めたていどの全くの素人だし、そもそもコミュニティのオーナーはメンバーどうしの質疑とか議論に参加すべきではないと思っているので(どうしても特定の立場に偏るし、中立に交通整理の役目を始めると誰でも面倒なだけだし、そういうのはたいてい素人に教える無料セミナーとなってしまう)、こうしてスパムを蹴り出したり、クソみたいな自分のブログ記事を貼り付ける crank を ban するのが役目だと思っている。僕もアマチュアだから自分にも当てはまる可能性はあるわけだけど、一定の基準を満たしていないアマチュアの発言とか文書というのは、本当にただのクズなんであって、プロパーが相手にするのは全く時間の浪費なんだよね。通俗的な「民主的」という観念が大好きな人には気の毒だけど、そう割り切って(僕が「擬制でも権威は必要」と言っていることと同じ)やらない限り、(有能かどうかはともかく)専門家が凡庸な人々に足を引っ張られるのが責務であるかのようになると、人類の文化や知識は発展が阻害される。

震災の後で、何やら素人に科学技術にかかわる政策判断を任せろみたいな「民主的」な話を弄ぶ熟議バカみたいなのが増えたけど、あれの多くはドクター崩れみたいなのが混じっててルサンチマンに近いものがあった。バカが科学技術の行政を握ると「江戸しぐさ」みたいになるのは分かり切ってるにもかかわらず、自分たち門外漢が選択すれば手続き的に正しいのだから、みんなが納得するだろうというわけだ。しかし、実際には彼ら凡人の大多数の意見などというものは、僕ら広告業界にいる人間が正確にではなくてもおおよそコントロールできてしまう場合もあるし、為政者や広告業界の人間ですらコントロール不能な状況に陥ってしまう場合もある。いずれにしても、その結果を凡人ごときが負えるわけもなく、威勢のいいことを言っている連中に限って、後で行政に責任を押し付けてくるわけだ。転職とかリストラとか脱サラをきっかけに左翼になる連中なんて、そんなのが大半だろう。

もちろん、専門家の大半も特定分野に詳しいだけの、しょせんは有限なる被造物にすぎないという意味では凡人でしかありえない。したがって、大学の教員や外郭団体の研究者に研究テーマの設定から実験から成果物の利用方法までフリーハンドにするのは、逆に社会防衛という観点からは好ましくない。つまらない計算はできても社会科学的な素養や人間関係については(これまた恐ろしくステレオタイプそのままで)愚かとしか言いようがないレベルの人々が大量にいるのは事実なのだし、彼らに「他の人間まで含めた」社会に影響がある事柄についての判断を任せてはいけない。しかし、彼らの判断に影響を与えたり、彼らとともに判断するのは、どう考えてもその辺に一山いくらで蛆虫のようにいる新聞記者風情や、「編集工学」を自称する流し読みの達人や、何かと言うと「主婦の立場」という特権を連呼する(実は多くの女性の敵にすぎない)主婦や、学卒ていどの素養しかない評論家とか Twitter 上で威勢よくものを書き散らしている手合いなどではあるまい。

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook