2017年04月02日15時51分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-04-02 15:51:43

発売情報:一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する: 石井俊全

ジュンク堂大阪本店の理数系の棚では新刊コーナーにも二箇所に分けて置かれていたし、階下の一般書籍の新刊コーナーにも置かれていたので、営業さんが努力したのだろう。ペレ出版というと、特に英語の実用書(というか、初等レベルの学習書)をたくさん出している出版社で、ここ最近は年配者向けに数学や理科を勉強しなおす通俗書を何冊か出している。この本もそうした「大人の復習ブーム」に乗じたものだろうとは思うが、出版社のスケベ根性とは独立に内容の是非は評価してよい。

が、このブログ主の記事には感心させられることが多いものの、やはりアカデミズム・コンプレックスのようなものを感じさせる、ただのオタク評論になってしまっているきらいはある。多くの人に相対論の知見を広めたいという趣旨は理解できるが、それには本書に書いてあるような理数系学部の教養課程ていどの数学(テンソルに至っては、殆どの理数系学部では専門課程ですら勉強しない)が必要なわけで、下準備についてすら不足しがちな現今の教育制度を無視して、たかだか趣味の時間を投入してまとめた書籍の著者と同じレベルになることを人々に望むというのは、いったいどこの上場企業の閑職につけばそんな暇と金の余裕ができるのか、少なくとも堂島の企業で上級部長を拝命している僕のような待遇の人間ですら、ブログ主に聞いてみたいものだと言わざるをえない。

せいぜい、こういうものの啓蒙をするならブルーバックスとかでいいんじゃないか。あるいは物理をもっと勉強したいという高校生に薦めるとかだ。趣味で時間も労力もお金も或る程度つぎ込んで本を書いた人を基準に一般相対論の普及とか語られても、それは社会科学的なセンスが全くないオタクの議論だろう。こういう本が売れることで多くの労力や時間をかけた人物による学習が「肩代わりされた」とか、その人物が書いた本を読むことで「学問のショートカット」ができるかのような妄想を「啓蒙」という名前で期待しているとすれば、それは学問とか知識というものを根本的に誤解していると言わざるをえない。加えて、あたかも出版社による出版とか編集という行為がその手のショートカットを担っており、著者やテーマを選別することによるスクリーニングによって、正しい啓蒙のありかたを担っているかのような妄想を無自覚に抱いているなら、社会科学的なセンス云々どころの問題ではなくなる。もちろん出版や編集には彼らの基準において担うべき、尊敬に値する正当な役割があるし、矜持もある。しかし、出版とか編集ということ自体に知識をどうこうする特性が最初からあるかのように誤解しているなら、それは・・・いつもの言い方だが、自意識というものだ。

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