2017年02月28日23時18分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-02-28 23:18:41

さきほどのオーストラリアに住んでいるバカの話から更に展開してみると、島国ゆえか、どうも海外生まれとか海外の大学を出たというフレーズに弱い人が多いようだが、バカは時代や性別や地域に関係なく「等しくバカ」なので、アメリカのバカにアメリカの政治や経済や文化について聞いても全くの無駄である。それこそ身の回りの目立つことしか理解できないのがバカだからだ。

そもそも海外でさほど認証や資格証明が問題にならないのは、ウソを書けば簡単に訴訟を起こされるし、セラピストだのマタニティなんとかだのと言ったところで、実際に質問したり実技をやらせてみるまでは、誰もそんな肩書きなど屁とも思わないのが当然だからだ。つまり、第一に表面的な肩書きだけに印象操作を受けやすいというナイーブさと、第二に肩書きを否定したところで実質を評価するだけの見識がないという二つの脆弱性を自覚しないと、海外生まれとか海外育ちとか留学に行ったというだけのバカどもに簡単に騙される。

もちろん、だからといって排外的になれと言いたいわけではない。どのみち、世の中の圧倒的多数は(バカではなくても)凡人であって、もちろん僕も含めてみんなどこかしら異常だし不足のある人間だらけだ。それを認めるのが重要で、バカを排除してもきりがない。ただし、バカには「バカ」と言える擬制としての権威を維持するのが社会防衛の基本だと思う。結果としての相対化があってもいいが、ポピュリズムや(理論的であろうと)価値相対主義へと迂闊に突き進むことは危険だろう。

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