福祉政策としての里親制度

河本孝之(Takayuki Kawamoto)

Contact: https://plus.google.com/112326853631114362590/about

First appeared: 2016-06-15 09:10:16.

現代の福祉国家においては、子供が栄養・睡眠・教育・人間関係など必要最低限の家庭環境で生育できるように社会のしくみを整え維持しなくてはなりません。我が国では、憲法はもとより児童福祉法によって「児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない」と規定されていて(法律では「児童」とは満18歳に満たない者です)、「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を」負っています。当然ながら、そうした行政の施策を実行できるように、我々には収入に対する直接税や消費に伴う間接税、あるいは地域社会での受け入れといった社会的な責任があり、自分が子供を育てていようといなかろうと、あるいは育てる意志があろうとなかろうと、この国で生きている子供に対しては全ての大人が応分の責任を負っています。

同法第六条四では、子供が自立した生活を送れるようになるまでの支援事業として「里親」という制度が規定されており、何らかの事情で保護された子供を養育する意志をもつ人に研修等の一定の基準で都道府県知事が子供の養育を委託しています(里親の場合は里子が原則として18歳を超えると年限に達して委託が解除されるため、里親としての年限を超える養子縁組を予定した「養子縁組里親」というパターンもあります)。里親に対しては、都道府県が「相談に応じ、必要な情報の提供、助言、研修その他の援助を行う」とされている他、養育の現況について「必要な指示をし、又は必要な報告をさせる」ことができ、更には子供を受け入れた施設や里親による虐待を防ぐために幾つかの措置を講じています。

厚生労働省が平成28 (2016) 年 4 月の資料として公開している「社会的養護の現状について(参考資料)」によると、「保護者のない児童、被虐待児など家庭環境上養護を必要とする児童」の数は全国で約 46,000 人と数えられています。対して、里親になるための条件として一定の研修を受けた後に児童福祉審議会の審査を経て「養育里親名簿」に登録されているのは 9,949 世帯、そして実際に里親として子供を受け入れているのは 3,644 世帯であり、それらの世帯が 4,731 人の子供たちを里親として養育しています。この他、いちどに何人かを里親の住居で養護する「ファミリーホーム」や児童養護施設や児童自立支援施設など、幾つかの形態の施設で子供たちは保護・養護されています。

さて、本日(2016年6月15日)の朝に『NHKニュース おはよう日本』の特集で里親制度が取り上げられ、現状では行政の担当者が少なくて里親制度が十分に機能していないため、NPO などに里親の募集や研修、そして里親と子どもへの家庭訪問の実施など継続的な支援を委託する協定が始まっていると報じられていました。2 時間ていど経過した時点で Twitter のログを「おはよう日本 里親」で検索しても殆どヒットしない事実からは、この話題について非常に関心が低いことが分かります。これは個人の感想としては由々しきことですが、しかし当家は子供を養う経済的な余裕など全くないので、「由々しきこと」だとは言っても自分で里親になれるわけでもなく、冒頭で述べたように納税等の貢献にとどまりますし、こうして里親制度を個人のサイトで取り上げるくらいしかできません。

僕が番組を観ていて感じたのは、もちろん里親制度の第一義は子供を保護したり支援することなのですが、里親として認定されるための事実上の条件が生活の余裕すなわち潤沢な資産や収入だけでは、里親制度は殆ど効果的に普及はしないだろうということです。里親制度が、端的に言って裕福な家庭の慈善活動にすぎないのであれば、これから日本全体が他のさまざまな事情で経済規模あるいは個人の生活水準としても衰退に向かっている現状では、子供を養うどころか自分自身が生活するだけでも厳しい人が増えてゆくので、里親が増える見込みは全くありません。更に、同じ事情で育児を放棄する親は逆に増える可能性があります。また、高収入の世帯の中で里親になろうとする人の割合が増えると期待できる根拠もないですし、既に里親になっている世帯が更に多くの子供を受け入れると期待できる見込みもありません。したがって、里親制度全体の(言葉は悪いかもしれませんが)「効率」は悪くなるとしか見込めないと言えます。

基本的に、国民が実際に自分たちの生活の中で参加し貢献する福祉制度というものは、参加する人たち自身の生活を大きく変えるようなものであってはいけないと考えます。仮に知的障害をもつ子供を受け入れたとして、養育世帯が子供の世話をするために共働きをやめたり出勤日数や時間を減らして収入が減ってしまっては、短期的に子供を養育できる時間が増えても、長期的には子供を養育し続けられる経済力が維持できるかどうかが分からなくなります。そして、収入が減って子供を養育できなくなれば(里子は養子とは違うので)子供を保護する施設に子供を再び引き取ってもらえますが、いちど里子として変えてしまった子供の生活を元に戻すのは困難でしょう。そして里親の方も、そういう状況に陥ると、再び里親として貢献することは難しくなります。したがって、里親の条件として、たとえば東京都の事例では「世帯の収入額が生活保護基準を原則として上回っている」くらいの最低限の基準が設けられていること(つまりメイドや執事に囲まれながらも子供がいなくて寂しいといった漫画的な設定の資産家でなくてもよい)を正確に受け止め、里親になることを希望する世帯には就業等の元々の生活状況を著しく変えなくても積極的に参加できるための公的な補助が必要だと考えます。そして意思さえあれば、或る程度の自活ができている人なら里親として子供を育てられるくらい積極的に(そして或る意味では気軽に)参加できるよう、制度上の間口の広さが必要だと思うのです。

僕は、経済的な事情や人間的な資質を除けば、里親になることを希望する人々にもっと参加してもらいやすくすることがよいと考えるわけですが(もっとはっきり言うと、他の事情が許すのであれば当家のような「下流世帯」でも里親として貢献できるくらいの条件が必要だと思うわけですが)、机上では幾つかの懸念が指摘できます。一つは、生活保護制度にもたびたび指摘される一種の FUD(否定的プロパガンダ)として、制度に参加する人へ公的な補助金を出すと補助金を目当てにするだけの不適切な人々が加わるようになるという主張があります。そのような風評は、里親でなくても、今年の 2 月に「公益財団法人『全国里親会』(東京都港区)が、里親制度に関する調査研究事業のために国から交付された補助金のうち年間 400 万円以上を、事務職員 1 人分の人件費全額に充てていることが分かった」と報じられています。このようなことが報じられると「補助金で食っていく」ような家庭が増えて、実際には子供の十分な養育に補助金が使われないまま里親制度の成果が字面の数字や派手な PowerPoint のグラフとしてだけ伸びてゆき、官僚は喜んでも子供は全く報われないという状況に至るのではないかと疑われるかもしれません。

ここで、既に里親制度で支出されている手当ないし給付金(以降はまとめて「補助金」とも書きます)の額を「里親制度と養子縁組は違う制度です。」というページの費目で確認してみると、養育里親では月額 72,000 円が「手当て」として支給されます。次に小学生では、生活費、一時金、学用品費、学校指定教材費、交通費、給食費、見学旅行費、特別行事費が、定額あるいは実費で補助されます(学費は免除)。これに加えて、税制においても扶養控除や医療費、それから自治体ごとに「養育里親加算」(大阪府の場合)として月額 12,000 円が補助されたり、大阪市では「児童等処遇向上事業」という名目で月額 10,600 円が追加して付与されます。単純に合計すれば、小学生を大阪市内で養育する場合だと 10 万円以上が公的な補助金としてサポートされるわけです。すると、既に「下流世帯」でも、自活できている限りは何とか子供を養育できるていどの公的補助が支出されていると言えるかもしれません。当該のページで書かれているように、逆にこれ以上の補助金が必要だと言う方が不自然だと言いうる可能性もあるわけです。

そして、里親には補助金の用途を管理して記録する義務がありますし、監督行政機関から要請されれば経理記録を報告しなければなりません。里親制度の補助金で里親がキャバクラやホストクラブやパチンコやコンサートへ行ったり、携帯ゲームでガチャを回すような余裕はありませんし、そのようなことに使えば報告できなくなり、ただちに里親としての資格は剥奪されます。もちろん資格を剥奪するどころか刑事罰に相当するような不正(受け入れた子供への虐待等)を行う者も出てくる可能性はありますが、そのようなリスクは現行の制度でも同じようにあります。確かに、補助金を拡充すると、補助金だけを目当てにするような人ばかりが積極的に押し寄せて里親として登録するかもしれず(そのような状況でスクリーニングが機能しないというのは基本的におかしいと思いますが。もし機能しないなら、行政にはもともと審査能力がなく、現行でも不適切な人々を里親として登録してしまっているのではないでしょうか)、そういう不適切な世帯へ間違ってマッチングされてしまう確率が上がった結果、子供に(暴力はなくても)ひもじく辛い生活をさせるという意味での虐待が増えるかもしれません。しかし、里親が子供にどのていどの生活を保障すれば「ひもじく辛い生活」にならないのかという基準もはっきりしていないため、これは同時に解決しなければなりません。そうでなければ、子供にとっても、里親になりたいと希望する人達にとっても、消極的な結果しか生まないでしょう。実際のところ、生活にかなりの余裕がなければ「子供を十分に保護できない」とし、生活にかなりの余裕がなければ「里親になれない」と想定している限り、いつまでたっても里親制度など普及せず、その結果として施設に残される子供が放置され、里親になれる機会を逃したまま意志もなくなっていく人々が増えるだけのことです。したがって、里親として子供を養育出来るだけの公的なサポートがあることを更に周知することも、制度を十分に普及させるために必要な施策の一つであり、(逸脱した事例は幾つかあると思いますが)例外的な事情を除けば FUD など切り捨てるだけの強い議論が必要かもしれません。

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook