ウェブ業界はどこを向いているのか

河本孝之(Takayuki Kawamoto)

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First appeared: 2008-05-05 21:28;
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本稿は、2008年5月5日から同年5月29日にかけて公開した五つの記事をまとめ直したものです。「先のエントリー」や「前回」のような表現は、それぞれ本稿の別の文章を指しているので、ご注意ください。なお、公開した当時と現在(2015年)とで、リンク先の内容が違っている可能性があります。

I

最初に注意書きを一つ。下記の本文でも「ウェブ制作・構築業界」という言い方をしていますが、僕としては、いわゆるウェブデザインや FLASH 制作などの「ウェブ制作」だけでは、ネットワークの取り回しやサーバのセットアップあるいはプログラミングも含めた「ウェブ構築」の業務をカバーし切れていないし、「ウェブ制作・構築」という言葉遣いだけでも、運用系の業務や事業立案の業務を無視した「作って終わり(というか、そのスキルしかない)」、「ビジュアルデザインして終わり(というか、そのスキルしかない)」というヘタレ業者を量産している一因にもなっていると思うのです。したがって、海外で「ウェブ制作」と「ウェブ構築」の両方を含む “web development” という表現も適切ではないと考えます。もちろん、それらの業務を一つの企業がワンストップで受託できなければならないとは思いませんし、そんなプロダクションは現に殆ど存在しないわけですが、ともかく全ての業務内容をおおむね取りこぼし無く表現する語句がないので、「ウェブ業界」という、分かったような分からないような言い方もしています。

では、これまで何度か書いてきたことですが、改めて説明します。ウェブ業界はたかだか十数年足らずの未成熟な業界で*1、様々な他業種で働いてきた人たちの受け皿となってきました。しかし誰もが目にする「デザイン」や「システム」という言葉に惑わされてはいけません。ウェブ「デザイン」の仕事だからといって、DTPの業界にいた人が「出身業界の経験を活かして」明日にでもウェブデザインを始められるかと言えば、全くそうではありません。FTPでファイルをアップロードすらできず、自分でサイトやブログすら運営したこともない人たちが他人様のウェブサイトなどまともに設計したり運用できるわけがありませんし、あるいは商売(当然、経理や法務などの実務を含みます)をやったこともない人たちが、他人様のエンタープライズシステムを設計したり運用できるはずがありません。また、ネットワーク上でのデータ通信についてセキュリティという観点からプログラムできない人が、どれほど Visual Basic や C 言語を知っていようとも、明日からウェブ構築の現場でシステムを設計できるかと言えば大きな困難を伴うでしょう。そして、口先だけの分析や強引な説得あるいはバカのフリといったヒューマンスキル(と言うよりも属人的な単なる人柄であって「スキル」の名に値しませんが)だけでディレクションや営業をしてきた人が、いきなりウェブ業界で仕事をこなせるかと言えば、これもまた知らぬところで他人に迷惑をかけるだけのことでしかありません。

*1もちろん世界初のウェブデザイナーは Tim Berners-Lee ですが、1993年のMosaicリリース、あるいは1994年のW3C設立ときて、1998年頃から始まったホームページ開設ブームあるいはドットコム・バブルを起点とすれば、この業界はせいぜい10年といったところでしょう。どこの会社が世界初のウェブ制作プロダクションなのか確たる資料を持っていませんが、一説には Nexus (元 WorldWideWeb ブラウザ)の開発メンバーだった Jean-Francois Groff が1993年に立ち上げた InfoDesign が世界初のウェブデザイン企業だと言われています(現在 Groff さんは InfoDesign には在籍していません)。ただ、日本でもキノトロープさんは1993年からサイトの制作をされていたので、もっと早くから始めていた会社があったのかもしれません。いずれにせよ、仮に1993年から数えても15年足らずの業界です。

しかし残念なことに、現在のウェブ業界には、個人的な観察から言って無視しかねるほどこういう人たちがいます。居座っていると言ってもよいでしょう(もちろん限られた観察ではありますが、数人規模の制作会社からフリーランス、あるいは汐留あたりの広告代理店さんの案件を抱えるいまの会社まで、ひととおりの範囲は見聞しているつもりです)。そうして、彼ら彼女らの中には5年や6年も口先だけのコンサルティングやビジュアルだけの制作テクニック、あるいは動きさえすればよいといった志の低いプログラミングで食いつないでいる人たちがいて、既得権益を必死に守ろうと色々なたわごとを口にします。こうした人たちは既にそれなりの職位を得ていたり、騙し騙しなんとか販路を確保していたり、適当に覚えた業界用語を知っているため、専門学校の学生さんや他の業種でウェブ業界への転身を考えている人たちからはウェブ業界人の典型と見做されがちですが、あまり信用してはいけません。そろそろ顧客側にもコンピュータやウェブを小学生や中学生の頃から使ってきたような人も増え始めています。このままでは、気づいたらウェブサイトのまともな構築技術や運用経験がないのは、制作・構築側の経営者や管理職だけという情けない事態になりかねません*2

*2もちろん、経営者の仕事はその名のとおり持続性・成長性・適法性を満たす経営であって、制作技術の端々を知っている必要などありませんし、仕様の動向を日々追いかける必要もありません。しかし発注側や一般ユーザよりもリテラシーやスキルが劣っている場合には、とりわけ企業の成長性を左右する経営判断は正しく行えない可能性が高くなります(仮に社内の技術者の意見を参考にするとしても、自分で検証できもしないビジネスモデルを採用するのはリスクが高くなります)。もちろん、成長性を諦めて持続性(とちょっぴりの適法性)だけを維持するのが目標であれば、請負案件だけで食べてゆく制作会社を経営することは可能でしょう。とは言え、そういう会社の経営者に限って「うちはこれだけの顧客から支持されている」と誤解してしまい、発注スキルの低い顧客企業と受託スキルの低い請負企業どうしでグルグル仲良しクラブを続けてしまう場合があるでしょう。どのような業界にもこういう「異臭を放つ成功事例」というものはたくさんあります。

Generations of developers, employers, and users

上記の図で示したのは、グレーの年齢層に属している人たちは、ネットやパソコンが普及し始めた時期にはデザイナーや起業家として第一線で活動していた人たちであり、いち早く利用を初めて技術を吸収していった人や起業した人もいると思います。僕は、この年齢層についてはあまり心配していません。また、青の年齢層に属している人たちは、ドットコム・バブルの2001年前後にパソコンやネットを使い始めた中学生~大学生であり、現在は一部の人たちが就職して発注側のメンバーにも加わっている筈です。そして他業種からの転職者が多く、いまウェブ制作プロダクションや開発会社で、ディレクターやプロマネあるいは経営者となっている人たちが、緑の年齢層と言ってよいでしょう。

こう見てみると、現時点で30~40歳くらいの人たちが最も危険だという結論になるでしょう。どういうことかと言うと、ここの年齢層にいる人々はネット普及期や(第2次)パソコン流行期には高校生~新社会人だった筈で、ネットバブルの頃までは元の業種で働いていた筈です。そしてネットバブル後に他業種から転職したり起業した可能性が高い(2001~2006年に転職してきた人ということになります)。するとIT企業に転職した後あるいはスタートアップした後で、3年ていどの実務経験しかもたずに、制作から離れてしまっている可能性があるのです。つまりテーブルレイアウトのスキルしかもたずに IA やアートディレクターをやっていたり、XSS やインジェクション攻撃も知らずにアーキテクトやプロマネをやっている可能性があるわけです。無論、ここの年齢層にいる人が全てそういう人だと言っているわけではありません。しかし、他の年齢層よりも比率は高いと考えられるので、青の年齢層が発注側の決裁権をもつようになってくれば、「ウェブサイトのまともな構築技術や運用経験がないのは、制作側の経営者や管理職だけ」となるでしょう。

しかしことは単純ではないかもしれません。なにせ、最近の中高生はパソコンよりもケータイを頻繁に利用しているため、逆に上の世代よりも制作スキルやリテラシーが低下している可能性もあります。すると、若い世代だからといってもパソコンやメールが正しく使いこなせると期待できる(蓋然的な)保証すらなく、PC用のウェブサイトを発注するにあたってウェブ戦略や要求定義を定めるスキルが全くない可能性もあります。あまりナイーブな世代論にはしたくありませんが、どうなるんでしょうね。

それから、緑の年齢層よりも更にスキルが低そうに見える、グレーの年齢層を心配していないと書いた訳は、この年齢層の人々は、もしスキル不足が明白な転職者であれば、よく自覚しているだろうと思うからです。その上でウェブの制作プロダクションや開発会社で勤務し続けられているのであれば、自分よりもスキルをもっている顧客と交渉したり打ち合わせを進める技量があるのですから、その年代で続けられているという事実こそが、その人達のポジションを保証していると言ってもよいかと思うのです。

確かに、多くの人が他業種で培った経験や反省をウェブ制作・構築の業界に応用したり反映させてみたいと試行錯誤することに、良いも悪いもありません。自分たちの単なる慣習を当然の常識であるかのように、外注先や顧客にまで押しつけない限りは、幾らでも試行錯誤すべき時期なのでしょう。何せ、まだ新卒で入社してから定年退職したウェブデザイナーやウェブ=オープン系のプログラマなど、世界のどこを探してもいないのですから。それほど新しい業界なのだという自覚から始めませんか、というのが僕の第一の提案です。断言してよければ、ウェブ業界は、制作技術とウェブ戦略にかんする素人が発注し、業務知識や事業運営の素人が受注している業界なのです

よく広告や印刷業界から来たひとたちが(なぜかこの業界の出身者だけがこういうことを言う)、自分の経験を活かしてウェブの仕事に取り組みたいと言います。しかし多くの場合は単に自分たちが慣れ親しんできた商慣行や仕事のスタイルを無邪気に押し通しているにすぎないので、傲慢であるか影響に無頓着な人々には「自分の経験を活かす? そんなことを勝手に決めないでいただきたい」と言わざるをえません。或る業種の常識は他業種での非常識とも言える場合があります。特に商慣行は法的にもキャッシュフローの観点からも会社に損害を与える可能性が高く、発注書や検収書が殆ど取り交わされない中小規模の広告業界で培われてきた脱法行為など、ウェブの業界で培ってもらっては困ります。数年でドロップアウトしようと燃え尽きようと過労で死のうと勝手ですが、他人を巻き込んでほしくありません。経営側にいた経験から言うと、一時的にはそうした「捨て駒クリエイター」は幾らでも勝手に徹夜するので便利ですが、結局そうした会社は長続きしません。それは、後から述べますが、外から見ている以上に、実はウェブ制作・構築業界は人材難だからです。

またヒューマンリソースという点に加えて、ウェブ制作・構築は新しくて色々な意味での蓄積が足りていない業界ですから、制作・構築の業務フローについてコンセンサスがなく、それゆえ法的な拘束力に訴えるのが難しいと言えます。建築業界のフローをシステム開発の会社が応用し、プログラム開発を「製造」と呼んだりすることはありますが、まだ単純な転用の域を出ていません。加えて、「工事基準」が開発の案件にも導入されるといったニュースは飛び交っていますが、このようなものを盾にして顧客の横暴から身を守れるのは、NRI・IBM・日立・NEC・NTT DATAなどの子会社である、いわゆる「ITゼネコン」だけでしょう。そして、殆どの制作プロダクションに当てはめてみれば非現実的だと分かるような業務フローを薦めるディレクター向けの著作物もありますが、現実とのギャップが大きすぎて、逆に多くの制作プロダクションからは「予算や工期や人材に余裕のある制作会社にしか通用しない理屈だ」とか、「上流工程だけで食べている物書きたちの空論だ」といった反感を買ったり、「そういうフローなどどうでもよく、顧客の満足を最大限に実現するサービスが我々の仕事だ」といった下請け根性丸出しの逆効果を引き起こす結果となっています*3

*3「顧客の満足を最大限に実現する」という表現が「納品物の品質をできる限り上げる」という意味であれば、最も効果的な方法は、その案件に割り当てる要員を増やしたり、スキルの高い人材を派遣社員として投入したり、もっと品質の高い委託先へ外注することでしょう。しかし、困ったことに「サービス」を「低コスト」の意味だと誤解している経営者は、発注側にも受託側にも多く、請求金額を上げずに品質の向上を(もしかすると発注側が頼んでもいない水準まで)目指すこととなります。場合によっては、次の受注へ繋げるために「戦略的な価格提示」として逆に値下げする企業もあるでしょう(こんなものは「戦略」でもなんでもありませんが)。すると、そのような企業では、サイトの制作・開発において最も高いコストを占める費目、つまり要員一人当たりの人件費を下げざるを得ません。しかし、単純にそれまで2人で担当していた案件に社員2人分の費用がかかる派遣社員を追加投入したり、あるいは社内の要員を倍にしたりすると、元からいる2人の人件費を事実上カットするか、社員4人にした場合は等分して減給でもしないかぎり、予算オーバーは小学生にでも分かります。また外部の委託先に外注すると大抵は内製よりもコストがかかりますし、委託先をディレクションする工数までゼロにはできませんから、どのみち大幅な予算オーバーとなります。

そのようにしてしか販路を開拓したり維持できない制作プロダクションは、遅かれ早かれ次のような対策をとるしかなくなります。第一に、コストなしという意味でのサービスを実現するため、工数がかかっても人件費が膨張しない魔法を使います。それらは門外漢たちから「偽装請負」とか「裁量労働制」などと呼ばれていますが、正式な魔法学校を卒業した人たちは、「顧客のために何ができるか考えよう」とか「クリエーティブがどうたら」といった呪文を唱えて、それらの魔法を正しく使えるというわけです。ただし、こうした呪文を口走っていると2~3年ほどで転職病やフリーランサー病にかかったり、真面目な意味で過労死することがあります。またこれらの病気にかかっても、魔法学校では「ドロップアウト」や「負け組」あるいは「社会人としてどうなんだろうね」と罵られるだけで何も対応してはくれません。なぜなら、せっかく裁量労働制を敷いているのに、そうした病気にかかるということは社会人として自己管理ができていないということになるからです。(もちろん、そのような「管理」に自分自身が抱えるタスクの量や工期を調整する決裁権が含まれていないので、たいていの裁量労働制はサービス残業の合法化であり、人生という時間の安売りです。)

第二の対策は、人件費が膨らんでも耐えられるだけの資金を調達することです。経営者個人の資産を拠出するといった希な事例もありますが、たいていのベンチャー起業家にそのような資産はないので、銀行・中企連・国金などから借金するか、あるいはリテラシーの低い自治体とか財団法人がベンチャー企業に訳も分からずばらまいている融資プランなどを利用します。株式会社の場合は、第三者割当増資でベンチャーキャピタルに株を買ってもらうという手もありますし、黒い紐のついた弁護士や経営コンサルタントあるいは他企業から莫大な増資を受けるといった荒技もあるでしょう。どのみち経営とは自分だけが清廉潔白でもうまく行かず、綺麗事で成し遂げられるものではありませんから、他人の思惑ををうまく操って資金を増やすしか生き残る道はありません。それはそれで資本主義社会の経営人としてはごく普通の行動だと思うのですが、それだけに奔走していても限界はかならずやってきます。

ここで、あまり現実的とは思えない業務フローとして一例を挙げると(現状で良いと言いたいわけではありません)、ユーザビリティとアクセシビリティのテスト工程を独立のフェーズとして設けるという(ディレクター向けの概説書によく見かけるようになった)提案があります。しかし、それだけのために請求費目を書けるような(顧客に対してあるていど優位の)制作プロダクションやコンサルタントでもない限り、社内や提携先の人的リソースを考慮しないで業務フローに落とすのは、たとえ目標としてであっても危険と言えます。現状では、納品レベルの品質検査をたまたま個人的な興味の範囲でできる人は、多くの場合にサービス、つまり「無料」あるいは「献身」という日本的な意味でのサービスとしてアドホックにやっているにすぎず、しかもシャドウワーク化していると思われます。営業マンのご託としてユーザビリティやアクセシビリティを語るのは好きずきですが、実際のところユーザビリティやアクセシビリティの内部評価(テスティング)や第三者試験(フィードバック)を適正に行える制作プロダクションなど、日本に10社もないと言って良いでしょう。制作会社の仲間内で使いやすいのどうのと、思いつきだけで深夜にお喋りすることを「テスト」と呼ぶなら話は別ですが。

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II

事業としてのサイト運用

さて、前回までのように指摘できる色々な問題が生じた経緯を探ってみると、案件の種類によって事情が異なっています。コーポレートサイトを組むとき、ECサイトを組むとき、イントラサイトを組むとき、キャンペーンサイトを組むときといった次第で、それぞれ事情の異なる経緯があるように思います。中でもとりわけ、おおよそ先のエントリーでも述べたように、或る企業のキャンペーンサイトや e-コマースサイトがその企業の事業所に相当するのだという自覚が、発注側の顧客だけでなく受注側の制作会社や開発会社にも抜け落ちているという点は深刻です。

ECサイトやコーポレートサイトが一つの事業所に相当するという見解を大袈裟だと考える方には、次の点を考慮してみていただきたいと思います。まず、ウェブサイトは新聞のチラシではありません。印刷して見せてしまえば終わりというものではなく、その事業や会社が存続しウェブが通信媒体としての価値を持ち続ける限り存続するかもしれません。新聞や雑誌の広告とは異なり、ウェブサイトはブラウザでアクセスできる環境を持っていれば、10年後であっても国会図書館にわざわざ出かけたり大学図書館から取り寄せる必要など無く、稀覯本として閲覧を制限されたりもしません。いつでもアクセスできるということは、逆に言えばきちんとした内容を維持しておかねばならないという(CSRやサービスの範疇ではありますが)業務なり責任が発生します。ECサイトや取引先専用サイトを運営したり、ユーザの個人資産(ないし個人情報)を扱う場合には、それに加えてセキュリティレベルをできるだけ高く維持する責務もあるでしょう。

したがって、ウェブサイトの運営には、一つの事業部を維持するのと同じくらいの固定費(運営費やサーバ利用料金、あるいは社内で掲載内容をメンテナンスする人員の工数=人件費)をかけなければ、効用はありません。しかし多くの経営者は、顧客側であろうと受託側であろうと、このような点に殆ど着目しないのです。

その理由は、あるていど予想がつきます。つまり、たいがいの発注側担当者には、事業部(である筈のサイト)を構築するスキルや経験のない人があてがわれているからです。大企業になればなるほど、発注側の担当者は、そもそも事業部署を構築するようなスキルも自覚もない(ただネットが好きといっただけの)一般社員ですし、中小企業の場合も(会社そのものを立ち上げた経験はあっても)事業部署を構築したことのない経営者がたいていは発注者となっているため、もともとウェブサイト(という事業部署)を構築するにあたっての決裁権者や担当者として不適当なのです。

また受託側もたいていはごく普通の制作会社か、ごく普通の開発会社です。しかるに、ビジネスロジックや業務フローあるいは経営戦略を理解できていないか考えたこともない20~30代の人が他社の事業部署を構築するといった、チャレンジングには違いありませんが実際は殆どが失敗に終わる、無謀な業務をしていることになります。その自覚がない限り、この業界はどうしようもないと考えます。お絵描きができる程度で「デザイナー」と言ってみたり、他人の統計を適当にいじくってパワーポイントにまとめる程度で「情報アーキテクト」と言ってみたり、あるいは機械いじりができたりパズルていどのプログラミングができる程度で「エンジニア」とは、おこがましいにも程があります。

しかし、いったいどれほどのウェブ制作プロダクションや開発会社が、ウェブサイトを顧客企業の事業計画の中に正しく位置づけて戦略的に設計できたり、顧客のヒューマンリソースを有効にディレクションしたり、サイト運営の経験を蓄積しているというのでしょうか(実際に制作会社がサイトの運営を請け負わなくても、納品物の品質基準として「顧客側での運用を考慮したサイト構築」という項目が盛り込まれてもよいでしょう)。とても単純な話ですが、制作会社や開発会社に入社するまでの学生時代あるいは他業種で勤務していた間に、プライベートでウェブサイトを作ったり運用した経験もない人が(他業種からの転職組には、30歳以上になってもサイトを運用した経験がないというイタいディレクターが山のようにいます)、いきなり顧客対応のメールを適切に書いたり、ウェブサイトの長期的な運用プランを立てられるでしょうか。

多くのウェブ制作プロダクションや受託開発会社に、ウェブサイトの戦略的な位置づけや、長期的な運用体制と手順を提案する力が根本的に欠けていると思える理由は、彼ら自身が自社でウェブサイトを業務として適切に運用し成功させた試しがなく、それゆえウェブサイトを「作って公開」することしかできないからだと言えます。「作って公開」する以前の事業計画やウェブ戦略に加えて、「作って公開」した後の運用も全く経験やスキルがない。したがって、どれほど小規模でもECサイトを運用して顧客とのやりとりを続けていた経験がある人は貴重な存在であり、うまく運用できる人は更に貴重なのですが、たいていの制作プロダクションでは基準がズレています。もちろん、大学で非線形解析をやったとか、16世紀の聖書に見られるタイポグラフィを研究したとか、Ruby でオリジナルのフレームワークを設計したとか、そういったスキルも有用には違いありません(これらと同様、交渉相手にゴネるのが得意だというのも、一部の制作会社にとっては有用なのでしょう)。しかし顧客にとってウェブサイトを運用するという事業が、とりわけビジュアルデザインのあれこれといった些事を積み重ねれば成功へ導かれると唱導するのは、そろそろ一部の広告系業界人が喋っているだけの悪質なプロパガンダだと言っておいてよいでしょう。ビジュアルデザインやタイポグラフィなど視覚的な観点しか考慮されていないグラフィックスや FLASH といった視覚装飾は、単に追加したり細部へ拘るだけならどれもサイトにとってはオーバースペックであり、事業としてのウェブサイトを成功に導くための必要条件でも十分条件でもないのです*4

*4ウェブサイトの制作に当たって欠くべからざる切り口として、これまでビジュアルデザインは殆どの制作プロダクションによって唱導されてきました。もちろん、単純に美しいとかクールなデザインという牧歌的なフレーズでデザインを語る恥ずかしい制作プロダクションは減っていますが、かといって「ビジュアル効果」であるとか UX であるとか、心理学「っぽい」利いた風な用語をちりばめてビジュアルデザインへの投資を正当化できるほど、本当に制作プロダクションはビジュアルデザインの設計・実装能力を持っているのでしょうか。この点は、たとえデザインの実務に携わる社員のうち半数以上が美大を出ているなどと言われても、にわかに信用できません。なぜなら、美大では視覚にかかわる心理学や生理学など教えていないからです。例えば槍玉に挙げる意図はありませんが、多摩美術大学の情報デザイン学科のカリキュラムを見れば、一年次からいきなりプログラミングを含む実務系の教科が配されており、あくまでも「表現する方」の側から科目が配されているように見受けます [注釈 2015: 現在はカリキュラムも変わっていますが、基本的に制作側としての実務に近いノウハウだけを教えているという印象は変わっていません]。また、東京芸大のデザイン科を見ても(そもそもこのサイトを見るとウェブのデザインを語る資格などないように思えますが [注釈 2015: この点は 2015 年現在でも同じです。サイドバーを見れば、明るい緑に白い文字などと、よくも工業デザインとしてのウェブデザインを他人に教えられるものだと思います。])、表現に介入したり表現に出会う方の側も含めた心理学や生理学のステージを重視しているようには思えません。

また、ビジュアルデザインにこだわりすぎてコーポレートサイトやECサイトの本来の目的を見失ってしまうと、顧客のニーズを十分に満たせなくなります。実際、Google や mixi 、はてなブックマーク、ニコニコ動画、昨年までの Yahoo! JAPAN を見ても、二流デザイナーが競って採り入れていた各時代の流行デザインテイストなど、大して反映してはいませんでした。いまでこそこれらのサイトにも、いわゆる WEB 2.0 テイストは採り入れられていますが、いち早くトレンドを追いかけていた殆どのウェブサイト(99%と言ってもよい)は、これらのサイトを運営する企業に比べて収益は悲惨とも言えるほど圧倒的に少ないのです。ところが、楽天などを見てもお分かりのとおり、収益を上げているウェブサイトの多くは微妙なニュアンスのテイストなど知ったことかと言わんばかりの豪快なレイアウトとビジュアルで運営されています。

もちろん、ビジュアルデザインが不要なのではありません。しかし、商売の目的はまず第一に収益を上げることであって、目を引くだけの画像や FLASH を見せて印象づけることではないのです。そうしたビジュアルがどれほど巧みに作られていようと、結局そうした点でしか目を引かないサイトは、せいぜい同業者が『Web Designing』や『Web Strategy』で眺めるていどのものでしかありません。かつてTVで流行したコラボレーション企画のように、異業種どうしでコマーシャルを制作するとか、全てのコマーシャルがひと繋がりの物語になっているといった単なるパブリシティだけでは、人がものを買おうとする動機付けには至らないのです。

ここでウェブサイトの利用者の動向を見ていると、いっときのホームページブームやブログブームや SNS ブームあるいは広い意味でのコミュニティサイトのブームはすでに過ぎ去った感があります。これから新しいサービスが始まったとしても、Google を越えるようなものでない限り、いま利用しているサービスから移行するような大移動はなかなか難しいでしょう。それは、あと何年経とうと多くの Windows ユーザが Solaris マシンで OpenOffice を使うようにはならないのと同じ事です。それどころか日本の十代を調べた統計では、コンピュータの所有率が2割を切っており、会社以外ではコンピュータを使わなくなる可能性もあります。それゆえITベンチャーの多くは携帯でのサービス構築を目指すわけなのでしょう。いまどき携帯向けのサイト制作やシステム構築もできないITベンチャーは技術的には鎌倉時代の人間みたいなものですが、鎌倉時代から現代にまで伝わる知恵や力量を活かせる、と喩えてもよい業務内容はあって、それが企業の事業計画からウェブでの戦略に落とし込む分析力だったり市場調査の綿密さだったり運用計画やフローの立案なのです。つまり、ウェブに限らずどこの業界でもまともな会社はみんなやっている「プロダクトマネジメント」が、多くのウェブ制作プロダクションやITベンチャーには欠けているのです*5

*5アメリカでは4年で約6割のベンチャーが廃業しているという報告も踏まえると、単に技術力や奇抜なアイディアだけで「企業としてのITベンチャーを事業継続させる」のは難しいと言えるでしょう。制作プロダクションや開発会社に置き換えても、納品するものは自社のサービスではありませんが、顧客の事業を失敗に追い込むウェブ構築や開発を繰り返していると信用を失うという点では、プロダクトマネジメントの必要性を同じように指摘できます。

先ほども述べたように、企業が立ち上げるコーポレートサイトやプロモーションサイトあるいはECサイトは、一つの事業所や事業部署に相当すると言えます。したがってウェブでのサービスを展開しているわけでもない5人や10人規模の企業が、効果的な運営にリソースを2人月や3人月も要するコーポレートサイトや受注用サイトを片手間に立ち上げてはいけないのです。また新規にサイトを立ち上げるのであれば、自社のサービスとしてウェブサイトを立ち上げるのがそもそも事業計画上で有効かどうかを予め調査したり、制作プロダクションへ発注する前に要件を立てて経営陣の承認を得ておくのは当たり前のことです。このようなことをウェブ制作プロダクションが代行してくれるかのように考えてしまうのは、これまで述べてきた「ウェブ制作プロダクションに実はそのようなスキルはない」という事情があろうとなかろうと、そもそも発注側の起案段階で間違っています

コンピュータプログラムにおける「保守」という言葉を作った人が誰なのであれ、その人は「殺せ」とか「こんにちは」という言葉で攻撃するように犬を訓練する人と同じくらいに考えがなく、不注意なのだ。すでに後の祭りではあるが、「保守」プログラマというのは、用務員よりも脳外科医に近い。生きているシステムを開けるというのは、流しを開けてワッシャーを替えるというよりは、頭を開けて神経を替えるようなものだからだ。もし保守が「ソフトウェア脳外科手術」と呼ばれていたなら、簡単にやれることだと考えられただろうか?

こう考えてごらん。あなたは攻撃犬に「殺せ」と言う悪い癖がある。それであなたは脳外科医の所に行って、こう言うのだ。「先生、ちょっと私の頭蓋を開けて、この小さな癖を取り除いてもらえませんか? 手早くやってもらって構いませんよ。小さな変更なんだから! ごくつまらない保守作業でしょう?」

一見無害だが危険な言葉」(Gerald M. Weinberg/著,青木靖/訳, 2007年3月12日)

かような発注者には、次のように何度でも申し上げる必要があろうかと思われます。自分たちの事業でしょう? 何をしたいかも分からない人たちの事業を、いったい誰が代行して構築したり運営してくれるというのでしょうか。このような問題は、事業の種類や顧客企業の規模あるいは業種に依存していません。どんな業種の案件であっても、発注側に事業の明確なコンセプトがなければ失敗に終わるのです。繰り返しますが、事業や会社の規模が大きくても小さくても、きちんとした事業としてサイトを立ち上げたいとか、もっとあからさまに言って儲けたいと思っていれば、事業計画を立てて要求定義を発注側が(RFPという形式を取るか取らないかはどうでもよいです)つくるのは当然なのです。「うちは社員が5人しかいないので、ECサイトの事業計画をつくるだけの人手が足りないんだよ」などと寝言を口にする暇があれば、いったい発注者である自分たちがウェブでそもそも何をしたいのかを考えていただきたいと思います。まぁもちろん受託側から言えば「明確に考えて」いただき、その範囲だけで作業できるように発注書もくれたらもっとうれしいのですが。

もちろん発注側の誰かをNHKの高度成長期礼賛番組よろしく、いまで言えば「名ばかり管理職」にして責任感を植え付け、ちゃんとした事業計画を不眠不休で立てろと言っているわけではありません。なぜ発注側から要求定義が出なかったり、事実上そういうものを作るのが困難になるかと言うと、決裁権者あるいは経営者の判断がウェブ構築フローの中で(クリティカルパスにいつも位置している割には)常に遅く、一貫性もなくて不正確だからです。要するに、大企業から中小企業まで区別なく、ウェブサイトの構築という事業が失敗に終わりがちなのは、ウェブ制作や開発の会社にも問題はありますが、決裁権者あるいは経営者の決断の遅さやいい加減さが禍しているケースが多いと言えます。いったん決まったビジュアルデザインを単なる好みでひっくり返したり、利いた風な業界用語を持ち出しては開発が進んでいるシステムに実装しろとわめいたりするような決裁権者は、もし仕様やビジュアルデザインあるいはサイト設計を変えるなら、過去の自分の判断を誤りとした上で責任を自覚すべきです。ふつう、始まってもいない事業の計画を途中で変更することを、市場に「対応した」とか計画を「改善した」などとは言いません。それは単に、事前調査・分析を「失敗した」という事実でしかないのです。要件変更あるいは制作・開発側への修正依頼は、多くの場合に発注側の不見識やミスによって起きているのだという自覚をもつべきです

こう述べると、「いや受託側の理解力の問題やスキルの問題もあるだろう」と言う方もおられる筈です。もちろんそうですが、必要十分な発注を行い、要件を満たしているかどうかを計った上で、初めて受託側の責任が問えるのです。ウェブ制作会社は超能力集団ではなく、発注者のミスを勝手に修正してくれたり、発注者が意図していたことを聞き出しもせず実現してくれたりはしません。逆に言えば、制作会社や開発会社は発注側の利益になるような行動を勝手にとったりはしないのです。業務請負契約は奴隷契約でもコンサルタント契約でもありません。制作会社の方から何か「いぃかんじ」(キャバ嬢のように語尾上げ)のデザインやプランを提案してもらいたければそのように契約すべきです。現状では仕事がほしい制作会社側から勝手に何かを提案してきたり、進んで何かを最適化したり改善してくる場合もあり、「提案力」をアピールしている制作会社もありますが、それらを営業経費として請求時に算入するのは当然でしょう。社員個人がそのようなサービスを勝手に提供しているなら、会社の業務工数を勝手に非生産業務へ振り分けているのですから、その社員は労務規約違反を犯していると言えます。ディレクターには自分の工数を勝手に振り分けてもよい予算枠や権限が与えられる場合もありますが、そのような制作・開発会社はほんの一部と言ってよい筈です。

いままで述べてきた内容に、何人かの方、特にウェブ制作プロダクションの方は「いや、うちのウェブサイト構築は成功してるぞ」と反論したくなるでしょう。しかし、少し振り返って点検していただきたいのは、ウェブサイトの「成功」とは、ウェブサイトを「制作・構築」することではないという点です。この点で、少なからぬウェブ制作プロダクションや個人事業主が誤解をしている可能性はあります。ウェブサイトの成功とはウェブサイトを起点とする収益構造を作り出したり、自社とビジターなり顧客によるネットワークを作り出して、評価できるだけの売上として貢献しているとか、間接的ではあっても客観的な指標に照らして認知度などの効果を上げることだと言えます。その効果は、ECサイトのように売上としてはっきりさせる事かもしれませんし、何らかのプロモーションを行って会社やサービスや商品の知名度を上げる事かもしれません。そして、いずれにしてもそうした効果は、ウェブサイトを継続して運用していなければ分からないことです。確かに、存在しないところに新しくウェブサイトを構築すれば、何らかの効果は出るでしょう。当たり前です。そのように単純なことを制作プロダクションの実績として掲げるのは、恥ずべき事と言わねばなりません。しかし、制作・構築するだけの作業しかしていないプロダクションや開発会社の場合、サイトを公開してから一定期間のアクセス数や、あるいは端的に言って顧客側の運用担当部署について算出した限界利益率が向上したかどうかを、実は顧客からフィードバックしてもらっておらず、自分たちの仕事に効用があったのかなかったのかを制作・開発会社が全く知らないというケースも多いのです。

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III

事業としてのサイト制作・構築業務

毎年できては消えてゆくウェブ制作プロダクションや開発会社の多くは、もちろん受注件数の先細りや融資リソースの枯渇あるいは人材の流出といった、さまざまな問題を抱えていたのでしょう。理由はどれか一つとも言えないでしょうし、他にも経営側のごく個人的な事情が原因となることだってある筈です。それゆえ毎年のように消えていく制作プロダクションや開発会社を、一律に「スキル不足」だとか「なかよしサークル感覚」だと言って非難するつもりはありません。一つの事業としてウェブ制作や開発業務を捉えてみると、起業するまでの困難はもちろんのこと、事業を継続するにも多くの困難があり、たとえ経営側が誠実かつ狡猾に立ち居振る舞いしていても危機は生じうるのです。それはウェブ業界に限らず、どんな仕事をしていても同じだと言えるでしょう。

業界の外で広く知られているかどうかは不明なので意外かもしれませんが、ウェブ業界はたいへんな人材不足だと言われています。そして、この人材不足が制作プロダクションや開発会社の遭遇する危機の一つだと言われることもあります。これに対して、人材派遣業は盛んですから、人材不足は一時的な現象だと言う人もいます。つまり、いずれ需要に供給が追いついてくるというわけです。

しかし、果たしてそうなのでしょうか。ウェブ制作プロダクションで派遣社員を積極的に採用しているところなど、あまり聞いたことがありません。労働集約型の業務フェイズが請求費目の中心になってしまっているサイト制作やシステム開発において、派遣社員さんに働いてもらう経費が一人当たりで正社員のおおよそ2倍としてみても(これでも安い)、彼ら彼女らは別に正社員2人分の作業量を一人でまかなえるわけではありませんし、正社員2人分の時間だけ拘束できるわけでもありません。したがって、いわゆる下流の工程しか受注できない多くの制作プロダクションの場合は、派遣社員に頼りはじめると収支が折り合わなくなってきます。逆に言えば、クライアントの要望をヒアリングして自社の提案を導き出すといった、知識集約型の業務フェイズだけで請求の費目を上げられるくらいでなければならないと言えるでしょう。このように考えれば、労働集約型の業務フェイズで費目を上げるしか請求しようがない制作プロダクションや独立系の開発会社が多い現状では、派遣社員さんを採用することは管理会計上の理由から言って無理があると言わざるをえません。

たいていのウェブ制作プロダクションやベンチャー企業は資金に余裕がないですし、更に上で述べたような理由からなかなか派遣社員さんに来てもらうのは難しい。かと言って、専門学校や大学で人材を自ら探すのは時間的・人的なコストがかかりすぎます。卒業した学生が応募してくるのを待つほど暇なベンチャーや制作プロダクションもないでしょうし、どちらにしても実務経験に乏しい学生の中から人材を見つけるのはバクチと同じであって、少人数の企業が人材を集める方法としては、非合理と言わざるをえません。すると、多くの場合は Find Job! のような求人サービスを使ったり、保証があれば伝手に頼ったりする方が多いのではないでしょうか。

ところで、就職サイトなどで募集をしている会社には他の理由もあって、人材不足というよりも単に離職率が高いだけという場合があります。採用担当者自身が制作・開発の実務に無知なせいで、いまどき DTP の経験しかない人を即戦力のウェブデザイナーとして雇ったり、VB しか出来ない人をウェブ系プログラマとして雇ってしまい、不幸な結果を招くという実例も後を絶ちません。他にも、給与や福利厚生について重大な問題がある企業も見受けられます。しばしば耳に入ってくることですが、天引してるくせに実は失業保険を納付していないとか、毎日社長の写真に向かってお祈りさせられるとか、社員全員がカメラで監視されているとか、あるいはディレクターやプロデューサーとして雇っておきながら、予算枠もスタッフィング権限もないのに受注ノルマだけ課しているとか、そういった企業では必然的に社員の定着率は低くなります*6

*6こういう企業が人手不足でどうなろうと知ったことではありませんが、ウェブ業界全体のことを考えれば、そういう企業を生き残らせないための牽制を確立しておかなければ、自治体相手とか一部の業界相手だけに細々と生き残るかもしれません。また、そのような企業にしてしまう経営者への牽制がなければ、最後は経営者だけが単身でコンサルタントとして生き残ってしまう可能性も残ります。とは言っても、危険物取扱者や弁護士のような国家資格として何らかの条件を必須にしたり、ウェブ制作や開発業務を許可制に出来るかと言えば、実はウェブサイトの構築業務にそこまでの社会的意義や重要性はないので、そもそも経営者としての資質が有害と言えるまでに欠けている人をどのように牽制するかは難しいところです。

本当に人材不足なのか

さて、では今回のメインテーマである人材不足についてもう少し詳しく検討してみましょう。以下ではウェブ業界と言っても、ベンチャーは含みません*7。はてなや mixi といった、自社のサービスが確立している企業は含まず、受託案件をこなしている「ウェブ制作プロダクション」や「独立系開発会社」を取り上げます。

*7何か日本の起業家と言われる人たちには大きな誤解があり、「ベンチャー企業」とは何を提供するにせよ社員を徹夜させて遂行する会社のことだと考えている方がいます。つまり固定費を極端に切り詰めるためには、どこかに落ちている Adobe 製品のシリアルジェネレータを拾ってきたり、当然ながら裁量労働制やインセンティブ制を採用したり、年俸制を謳ってボーナスを名目から消してみたり、または失業保険や社会保険を払うフリをしてみたりするのがベンチャー企業だというわけです。それゆえ、いまでは「ベンチャー企業」という言葉を何か「良いもの」として話題にしているのは、テレビ大阪の編成局や日経新聞の編集部くらいでしかないという気がします。

「重要なのは他社が1年かかることを1ヶ月でやり遂げるスピード」といったスローガンをベンチャー企業の経営者が公言するのはよいとして、他社が1年かかるプロジェクトを1ヶ月で完遂するスキルをもった社員をどうやって調達するのか、調達しなくてもどういう技術やノウハウがあればそれだけの工期で可能なのか、という視点がなければ、こんなものはリテラシーのない出資者に向けた絵空事であって、「こんぴゅうたぁがあれば便利になる」程度の認識しかないオッサンやジジイと比べても、経営者としてのメンタリティは殆ど変わらないと言えるでしょう。

周りの取引先や、もちろん自社も見ていて、確かに人材不足は感じます。しかしそれが単なる狭い範囲での印象にすぎないのか、それとも或る程度は事実と言える状況なのかを調べてみましょう。まずは、IT業界のかなり狭い範囲に関して言うと、シマンテックが昨年の11月に発表した調査結果から、データセンター業務は人材不足であると言われています。また、その結果と単純に結びつける必要はありませんが、昨年の11月から12月にかけて多くのブログで取り上げられたIPAフォーラム2007で学生が語ったIT企業の印象なども、人材不足を裏付ける一つの傍証にはなるかもしれません。

しかし、これに対して業務請負の受託案件で食べているウェブ制作プロダクションは、実態が殆どつかめないのが現実です。その大きな理由は、もちろん IPA などのような業界団体が存在していないことでしょう(日本標準産業分類にも該当しておらず、産業の一つとして認められていないと言えます)。かつては嘲笑の的であった日本ブログ協会、それから日本WEBデザイナーズ協会 [注釈 2015: 2012年にモバイルマーケティングソリューション協議会と合併して、日本Webソリューションデザイン協会となり、2015年には日本Web協会と名称変更するようです] のように業界内ですら殆ど知られていないような会社が幹事や法人会員となっている団体・・・これらのような団体しかないのは、まだこの業界が猿山の大将ていどで、勝手に音頭を取れてしまう業界なのだという事実をあらわしています(どうでもよいのですが、日本WEBデザイナーズ協会の法人会員のページは、あ行~わ行まで同じ企業名リストを繰り返しているだけというプログラムをいつ修正するのでしょうね)。他にも日本ウェブ協会という団体もありますが [注釈 2015: 現在は存在しません。ちなみに前出の「日本Web協会」とは関係があるのかどうか不明ですし、興味もありません] 、せいぜい業界内(しかも都内だけ)で名前が知れた企業が集まった勉強会といったていどの活動しか見えていないため、業界団体として影響力をもつようになるか、あるいは単なる資格商法の団体となりさがるか、それともコンサルの斡旋団体として一部の「ギョーシャ」の集まりに君臨する裸の王様となるかどうかは不明です。

このような次第で、ウェブ制作プロダクションについては、Find job での募集件数などから推察するしかないのかもしれません。ただし、どことは言いませんが、常に募集している会社があるという点は理由になりません。なぜなら、本当に人材不足であってもなくても Find job に掲載しておいて、一本釣りを目指すといった採用戦術もあるからです。あるいは既に言及したように、常に人材不足とならざるをえない不良企業というものは、業界がどうなろうと一定の数だけ存在するからです。

僕自身が募集する側に回っていたときの反響や、現在でも人事部署でのやりとりを見聞きしている応募状況から言えば、面接は毎週のように頻繁に行われており、応募者は不足していないと言えます。しかし、少なくとも僕が所属している会社の基準で言うと(ナショナルクライアント案件としてのクォリティを求められるという事情はあれ)、採用に至るまでの人材は不足していると言えるように思います。もっとも僕の会社では、ディレクターなどはナショナルクライアント案件を扱ったことがあるという条件で採用しているため、元々新卒やフリーランサーは論外という事情もあります。もちろんこのような条件を当てはめれば、人材不足となるのは自然なことでしょう。加えて、僕の会社に限った話ではないと言える要素が一つあります。それは、多くのウェブ制作プロダクションでは OJT ができる体制になっていないので、即戦力が求められるという点です(僕が勤めている会社はウェブ制作業務に携わる部門はもっていますが、主力業務は自社のオリジナルサービスですから、純粋な制作プロダクションではありません)。したがって、派遣社員でもないかぎり、スキルを或る程度まで保証されたフリーランサーになると殆どが伝手での採用にならざるをえませんし、明らかにスキルが高いと分かる専門学校や大学の卒業生は、絶対数も少ないでしょう。そう考えると、即戦力が不足しているのは自然なことだと言えます。

次に、しばしばウェブ業界での転職率の高さから人材不足だと結論する人がいますから、この点について検討してみます。なるほど、この業界で働く人の転職率が高いのは確かであり、おおよそ2年~3年、長くても5年くらいで転職する人が多いと言ってもよいでしょう。しかし、「だからウェブ業界は人材不足だ」と言えるのかどうか。ここにはトリックがあるのではないかと思えます。なぜなら、そもそも5年以上のあいだ事業継続しているウェブ制作プロダクションがどれだけあるのか疑わしいからです。大半の制作プロダクションは2001年前後のネットバブル期以降に創業しており、それ以前からやっていたのは、もともと印刷出版・広告業に従事していたデザイン事務所の類やシステム開発会社が業種拡大したかドメインシフトした事例も数多くあります。ネットバブル以前から創業してウェブ制作を事業継続している制作プロダクションは、「その1」でも紹介したキノトロープ(93)をはじめ、IMJ(94)、Members(95)、イメージソース(97)、ビジネスアーキテクツ(99)、バスキュール(00)、といった大手か、あるいは単純に特定業界での営業窓口として固定している(自治体の場合は癒着とも言う)企業くらいのものでしょう。それ以外の多くの制作プロダクションはバブル期の後に起業して、長くても5年くらいで解散してしまうか廃業に追い込まれるパターンが多いと言えるでしょう。多くの制作プロダクションは、そうした創生期の制作会社で経験を積んだディレクターやデザイナーあるいはプログラマが独立して作ったり、学校を卒業した人たちが最初から独立してつくったというパターンも多く見られます。これらの会社はせいぜい創業してから5年前後の若い会社が多く、定着率をうんぬんする以前の、事業継続させる地盤づくりすらできているかどうかも怪しいところが多い状態と言わざるをえません。

更に、「人材不足」という意味が「まともにウェブ制作できる人材がいない」という意味で使われている場合もあるので、注意が必要です。総合大学の情報処理学科や芸大あるいは専門学校や資格スクールを出たというだけでウェブ制作の現場にすぐ入れるわけがないのは明白ですし、採用した人材が思ったほどのスキルをもっていなかったとか期待はずれだったというのは、どんな業種・業界でも言えることです。多くのウェブ制作プロダクションでは、経営者自身に企業勤めの経験がなく、制作業務を除く経理・会計や法務あるいは人事に庶務といった、いわゆる管理系実務の知識や経験が殆どない場合も見受けられます(もちろん経営学を修めた人など更に少ない)。したがって、制作業務を除けば素人が素人を雇用しているに等しく、営業の経験がない元デザイナーの下で制作実務の経験に乏しいディレクターが営業に回るといった企業では、雇用環境を整えたり事業継続させるのは非常に難しく、単純に「居心地がいいかどうか」といった理由で人が入れ替わることも多いのです。

これらに加えて、ウェブ業界のニュースやオピニオンを発信しているサイトや雑誌あるいは専門学校やスクールや派遣会社の広告で「人材不足」と叫んでいるために、アナウンス効果が生じている可能性もあります。つまり、人材不足だと強調することにより、ちょっとした不満があってもすぐに辞めてしまえる理由を従業員に与えてしまっているかもしれないのです。しかし、実際にはそんなことはありません。正直なところ、専門学校や大学を出て応募してくる人だけでなく、フリーランサーや有名な制作プロダクションでデザイナーやプログラマをしていた人たちですら、HTML, CSS, JavaScript あるいは PHP や Perl の知識に加えてビジュアルデザインですら僕よりも乏しい人が山ほどいます(つまり40歳手前のオッサンに一つとして勝てるものがないということです)。業務上の理由で、専門ではないのにあれこれやっていて、特にどれか一つを深く掘り下げたわけでもない僕よりも総じてレベルが低いのですから、そもそも好きでデザインやプログラミングをやっているわけではないのでしょう*8。そういう意味では、単なる暇つぶしに専門学校や情報処理学科を出たような人は、業界がどう移り変わろうと簡単に採用できません。もしそういう人が圧倒的多数であるから「人材不足」なのだとすれば、専門学校やスクールが宣伝している「ウェブ業界は今、人材に不足しています」というフレーズは、そもそも貴方たち専門学校や美大が欠陥品ばかり出荷しているからではないのかと言いたくなります。

*8例えば、デジハリでもHALでもよいですが、グラフ理論やモデル理論の初歩を教えられて卒業した CSS/HTML コーダ、あるいは JavaScript や ActionScript のフロントエンド・エンジニアさんはいるでしょうか。プログラマであればアルゴリズムの基礎知識として教わるはずですが(情報処理技術者試験でも必須)、木構造や集合論の知識は XML や DOM を理解するための強いバックグラウンドになってくれます。このような背景がない人は、例えば a 要素を a 要素の子要素にしてはならない(a 要素をネストしてはならない)理由を、<!ELEMENT A – - (%inline;)* -(A)> という DTD の統語論にだけ求めればよいと考える W3C 原理主義モドキに陥るか(つまり意味論的な観点からの是非を吟味する観点がないので、そういう人はオルターナティブの DTD を自ら考案できない)、あるいは Dreamweaver だとヘンになるというオペレータ感覚の口ごたえにとどまるかのどちらかにしか行き着かないでしょう。こういう人たちは、何か行き詰まったときに「w3.org を検索しても見あたらなかった」とか「Dreamweaver ではできませんでした」という範囲の言い訳しかできず、およそクリエータとは言えません。通常、オペレーション業務(サイトの場合は運用担当のウェブマスターを補佐する実務)に採用するならともかく、このような人たちをデザイナーやコーダーとして雇いたくはないものです。

「人材不足」の色々な意味

まとめてみましょう。これまで述べてきた「人材不足」という表現には、以下のように職能別・状況別で、それぞれ異なる意味があると思われます。職能別に考えると、大別して「プロデューサー、ディレクター」(営業・管理系の知識集約型業務)、「デザイナー、コーダー、Webプログラマ」(制作・開発系の労働集約型業務)、「Webマスター、ネットワークエンジニア」(運用・保守系の知識/労働集約型業務)となります*9。次に状況別で分類すると、「募集しても応募が少ない」、「離職率が高い」、「採用できるだけの人材がいない」という意味合いに分けられます。

*9ちなみに、一つだけ経営者向けに強調しておきたいのは、ウェブサイトや社内のネットワークをそれぞれ保守・運用している業務は、労働集約型と見做されがちですが、長期的な計画を立てたりドキュメンテーションのスキルや交渉能力が求められるはずの知識集約型でもあるという点です。これに思い至らない経営者は、恐らく自分では成功させたこともないウェブサイトの運用という業務をナメているか、あるいは実務に関する無知・無経験と言わざるをえません。このような経営者は、業務の具体的な内容に口を出すべきではありません。このように蒙昧な経営者に限って、「素人から見ると~」とか「自分は技術的なことはよく分からないが~」などと言って業務の内容に(デザインにまで!)口を挟んだりするものですが、全くの邪魔でしかありませんから控える方がよいでしょう。そもそも経営者として口を挟んでいる時点でパワーバランスが異なるのです(「今どきの若者はそんなことに頓着しない」と言う人も多いのですが、それは単に多くのバカと仕事をしてきたという、御社の採用能力のなさを証明しているだけです)。

では、職能と状況を組み合わせてみて一つずつ検討してみます。「プロデューサーやディレクターを募集しても応募が少ない」というのは、従事している人の数が元々少ないので、当然と言えば当然です。また、このあたりの職能になると「職位としても上がっている」と勘違いした独立志向になりがちなので、企業への再就職を考えない人も多くなるでしょう。このあたりは実に勘違いが多く、営業喋りや下請けいじめが得意なだけで会社など運営できない(できると思っているなら、あなたは詐欺師かヤクザみたいなものです)という点に気づかないで、愚かにも「プロデューサー」といった肩書きや「上流工程」といった言葉の上辺の意味だけで職位と混同してしまい、もうそろそろ独立できるなどと勝手に思い込むわけです。管理職の立場で言わせてもらえれば、ウェブ制作プロダクションで経営陣や役職者を除く人員は(管理系部署の人員も当然ながら含みます)、プロデューサからアルバイトまで、結局は殆ど同列です。プロデューサーが優遇されがちなのは、たいていのプロデューサーは客をつかまえているからであって、特にスキルがあるからでも人望があるからでもないのです。

プロデューサーやディレクターの離職率が高い」ということも、企業の規模が小さくなればなるほど実状に近くなるでしょう。先にも述べたとおり、まず顧客の口座を開いてもらった経験がないプロデューサーやディレクターなど、役には立ちません。それは単なる制作進行係でしかないのです。つまり、逆に言えばプロデューサーやディレクターの多くは顧客を個人的に掴んでいる場合が多いので、独立した方が稼げると思いがちなのです。大手の広告代理店が相手の場合は個人に口座など開いてはくれませんから、契約社員となったり、いまでは数十万円あれば起業できるため、頭数だけかき集めて登記してしまう手もあるでしょう。クライアントから直で仕事をもらっている制作プロダクションのディレクターやプロデューサーであれば、なおさら独立した方が得だと考えがちです。所属している企業が小さいと、自分のもっている顧客が相対的に大きければ大きいほど売上を期待されるようになり、依存体質になってしまうかもしれません。会社がディレクターやプロデューサーに「こんなところに仕事をせっせと持ってきて楽しいか?」と自問自答するようになってしまうくらいの待遇しか与えていなければ、彼らが転職あるいは独立を考えるのは自然かと思われます。

プロデューサーやディレクターとして見合うだけの人材がいない」という点ではどうでしょうか。これも当然と言えば当然です。これらの職能は、殆どの企業では実務経験を問われます。専門学校で CMMI やプロジェクトマネジメントを学んだというだけで即戦力になるケースは限られていて、固定クライアントや自治体あるいは各種団体との癒着で成り立っているようなプロダクションに入るか(入社してもせいぜい顔つなぎていどのことしかせずに実戦投入が可能)、または受注が多すぎて頭数を増やすことが先決となっており、「顧客をぶら下げている」といった条件で雇わなくても実務経験が数年あればよいとするプロダクションへ入る場合などです。しかし、そんな左うちわで事業を継続している企業など、ごく一部です。

次に「デザイナーやコーダーあるいはプログラマを募集しても応募が少ない」というのは、何を以て応募が少ないと感じているか不明ですが、Find Job や技術系の就職・転職者向けサイトに募集しておいて一件も応募がない企業は、そもそも採用条件を見直す必要があるのではないかと思われます。これだけIT関連の専門学校やスクールが増えている現状では、就職を希望する人数はどんどん増えていると言ってよいでしょう。それでも応募が少ないというのは、採用条件があまりにも悪すぎるとしか思えません。例えば、各都道府県庁の所在地から電車で1時間以上かかるような企業に就職したがる人など最初から少ないのは当然ですし、取引先が公表されていないので実績が分からないとか、資本金が数十万円しかないとか、給与の下限が20万円を切っているのに必須のスキルがやたら多いとか、身の程を知らない条件で募集していれば応募も少なくなります。したがって、募集している条件によって応募が少ないかどうかは変わるので、論じるには値しないと言っておいてよいでしょう。

デザイナーやコーダあるいはプログラマの離職率が高くて頻繁に募集しなければならない」という点についてはどうでしょうか。これも、プロデューサーとディレクターについて述べたときと同じく、2、3年ほど実務に従事していると独立意欲が高まってきたり、転職しようとするのは致し方ないと言えます。特に中小の制作プロダクションでは給与を査定するための考課基準があいまいで経営者の胸先三寸といった事例が多く見られますし(なぜなら中小の制作プロダクションでは経営者自身が企業勤めの経験に乏しく、考課査定どころか管理業務全般の経験がないからです)、そもそも期末にベースアップすら検討しない企業も多いようです。すると、スキルや経験は上がっているのに給与が据え置きでは(もちろん売り上げなり営業利益が上がっていなければ、どれほどスキルが上がろうとも給料を上げようがないわけですが、多くのディレクターやプロデューサーは経営側の理屈など理解しません)転職される可能性は高まります。自社のアプリケーション・サービスを提供しているベンチャー企業でもない限り、受託案件だけをやっているならどこでやっても同じ事と思われて条件の有利な企業へ転職されてしまうのはとどめようがありません。したがって、この意味で「人材不足」だと言っても、それを解決するのは困難と思われます。ちなみに条件がかなり悪くても離職率が低い事例として、専門学校の仲間同士で立ち上げたような制作プロダクションを挙げる場合もありますが、こういう企業はそもそも構成員が離職するほどのトラブルが起きた時点で廃業する場合も多いため、あまり参考にはなりません。良い悪いは別にして、このようなところは「ゲゼルシャフト」としての企業とは言えないため、数が多いとか少ないとか、あるいは増えてきたとか減ってきたというだけで、何か意味のあることを他人が言えるとは思えません。好きに立ち上げて好きに廃業すればいいと思います。

そして「デザイナーやコーダあるいはプログラマとして採用できるだけの人材がいない」という意味で人材不足と言っている場合を考えてみましょう。これも企業ごとに基準がありますし、特に最近では制作者にも「コミュニケーション能力」を要求する企業は増えているのですが、その基準もはっきりしておらず、採用側が異常な期待を膨らませている場合もあります。社会人としての常識的な受け答えができるかどうかくらいの点でコミュニケーション能力を測るとすれば、確かに専門学校の卒業生だけでなく新卒者の中にも、まず躾からどうにかしなければ使い物にならないような人も多く見受けます。履歴書に写真を貼っていない(貼るのは常識です)、タメ口(論外)、面接や問い合わせの連絡を携帯メールで寄こしてくる(携帯メールはビジネスで使うものではありません)、専門学校の課題しか制作事例がない(就職にあたってプロモーション用のサイトすら作れないなら、スキルがないことを自覚しているのでしょうし、そもそも好きな仕事じゃないんでしょう)・・・こんな人はおよそ何の業界であっても就職は難しいでしょう。

それから、特にプログラマについて述べると、ウェブ制作プロダクションでプログラマのスキルを評定できる人はきわめて限られています。ふつう、開発会社などで募集する場合、ActionScript が「書ける」とか、Python や Erlang でマルチスレッドの処理系を「組める」といったことは、制作プロダクションではスキルと見做されがちですが、開発を主軸にしている企業では、このようなものをプログラマのスキルとは言いません。プログラマとしてのスキルはものごとを理解し再構成する力が本来の中身であって、ディレクターやプロジェクトマネージャから伝えられた要求定義を開発用の仕様に落とし込み、不足している情報を補ってもらうように伝える能力が最大の武器となります。正直な話、ウェブ制作プロダクションが受注する案件のプログラミングは、開発ベンダーへ就職する人なら誰でも組めるくらいのものでしかありません。プログラミング言語のつまらない蘊蓄など、知っていようといまいとどうでもよいのです。また、ウェブ制作プロダクションのプログラマは、ネットワークエンジニアやテスト技術者それから情報セキュリティアドミニストレータの業務も兼務せざるをえない場合が多いため、それらのスキルをまんべんなく身につけているか、あるいは一緒に組むデザイナーやコーダと補完しあってそれらの業務も担当できるのでない限り、アサインするには不安があります。しかし、ウェブ制作プロダクションの採用担当者の多くはデザイナー出身者や営業出身者が多く、表に現れるビジュアルデザインの裏側については呆れるほど無知な人も多いので、せいぜいビジュアルデザインの裏に HTML や CSS の技術があるとか、問い合わせフォームは CGI(Perl のことですね)や PHP で動いているくらいのことしか自覚していません。このようにしてプログラマを採用してから、その人が Apache のディレクティブを全く理解できなかったり、スループットの予測値を計算できなかったり、酷い場合には bit と byte の違いを知らなかったとしても(全て実話です)、それは採用側のミスと言わざるをえません。

さて、ではウェブマスターやネットワークエンジニアなどの運用・保守系と言ってもよい職能についてはどうでしょうか。「ウェブマスターやネットワークエンジニアを募集しても応募が少ない」という場合、まずウェブマスターについては、ウェブサイトの運用経験者として転職してくる人が数として少ないのは確かです(ウェブ制作プロダクションの多くは作って終わり)。ウェブサイトを運用している経験者の比率が多い分野は、EC サイトやコーポレートサイトを制作するプロダクションではなく、実は風俗・アダルト系の制作プロダクションなのですが、このあたりはなかなか本人から業務経歴書などで開示しづらい場合が多いようで、アダルトサイトの経験者は同じくアダルトサイトの運営会社に転職しがちな傾向があるとも言います。またネットワークエンジニアについては、ウェブ制作プロダクションの経営者は殆ど給与の相場を知らないので、コーダと同等くらいの条件しか提示していないことも多く、それでは誰も来ないのは当たり前と言えるでしょう。そのくらいの条件で応募してくるような人は、恐らくサーバの運用ができるていどで自分が NE だと思い込んでいる人だと思います。

次に「ウェブマスターやネットワークエンジニアは離職率が高い」という意味で人材不足だという場合を考えてみます。これらの職能は、特に他の職能に比べて一つの業務に従事する期間が長くなるため、毎日同じ仕事を続けてゆく忍耐力を要する職種です。したがって、従事している人物と職務内容がマッチしている限り、飽きるといった理由ではなかなか離職しない筈です。それゆえ、離職率が高いとすれば、やはりデザイナーやプログラマよりも待遇が著しく悪いといった理由が多いのだと思います。そしてそれは、これまでの記事で何度か強調したように、ウェブ業界の企業を経営する人々の多くが印刷・広告といった「作って終わり」の業種からシフトしてきたパターンが多いため、「運用」という業務について端的に無知であるせいだと考えられます。

最後に「ウェブマスターやネットワークエンジニアとして相応しい人材がいない」という点について言うと、そもそもウェブマスターとして相応しい人材かどうかを、ウェブ制作プロダクションの大多数の採用担当者は見分けられません。自分でまともにサイトを運営したこともない採用担当者が圧倒的多数を占めていると思われる、現今のウェブ業界で、適切に経験やスキルを見定められる人はそう多くないでしょう。したがって、何を期待して採用しようとしているのかは知りませんが、自分でできもしないことに文句を言う権利はないと言えます。但し、今回は批評をブチ上げるだけの記事にしたくないので、本来、ウェブマスターには事業部長クラスに匹敵するスキルが要求されるとだけ述べておきます。僕がこう述べた理由が分からない方は、もういちど「その1」から読み直していただければよいでしょう。参考までに僕が話を聞いた例を挙げると、アダルトサイトの運営会社では「リンク集サイト」あるいは「サテライト」と呼ばれるサイトのデザイン・設計・制作から運用までの一切をアルバイトや社員に一つずつ担当させているケースが多く、場合によっては担当サイトでバナーを貼ったりアフィリエイトに参加して得た収益の何パーセントかを、インセンティブとしているそうです。また、担当者はサイトの設計からデザインまで任され、どのようなシステムを使ってリンクを表示したり、どうやってユーザを他のサイトへ誘導するかも、スキルに応じて任されています(但し、風営法をはじめとする法令に違反しないかどうかは経営者がチェックするそうです)。これでも、彼ら彼女らはデザイナーでもプログラマでもなく、れっきとした「ウェブマスター」です。これだけ言えば、ウェブマスターの業務が一つの事業所を営むのに匹敵するという意味が分かるかと思います。

ウェブマスターについては上記のとおりですが、ネットワークエンジニアに相応しい人材がいないという意味で人材不足だと言っている制作プロダクションが多いとは思えません。制作プロダクション側に、スキルの点で「不足している」かどうかを評価できる人など殆どいないというのが大きな理由です。仮に OSI モデルや待ち行列などを大学で学んだ経営者がいたとしても、ネットワークエンジニアのスキルは理屈だけで測れるものではなく、やはりトラブルが起きたときの対処などは経験がものを言います(また、「ネットワーク」と名の付くあらゆる技術仕様や離散数学の分野について精通しているネットワークエンジニアが、ウェブ制作プロダクションの募集に応募するのは稀と言っていいでしょう)。

人材不足となる他の理由

人材不足と言われる理由があるとすれば、いま述べたようなマッチングでの不幸な状況を考えられるのですが、「そもそもウェブ制作プロダクションが多すぎる」という可能性も検討の余地があります。有能な人材はもちろん大勢いるわけがないので、10人しかいない人材を100の企業が取り合えば、単純に言って90以上の企業は、そういう人を雇用できていないという意味での人材不足となります。

現在、国内のウェブ制作プロダクションはどれくらいあるのでしょうか。例えば、『Web Designing』を発行している毎日コミュニケーションズの「全国Web制作会社リスト オンラインデータベース」には、2008年5月10日の調べで約 1,600 社が登録されています [注釈 2015: 2015年7月31日の時点では 1,919 社です] 。しかしながら、このデータベースは、1) フリーランサーも登録できること、2) 倒産したプロダクションのデータを削除しているか不明であること、3) そもそもこのデータベースを知らない企業が多い可能性があること、4) IR 対策からか受託制作が主事業だと思われたくないという理由で登録しない企業もあることから、実数を把握するための基礎資料にはなりません。

試しに Google の Advanced search を使ってみると、「制作 web OR ウェブ」というキーワードで、日本語に限り、またドメインも .co.jp に限定して検索すると(少なくとも僕が勤める会社では .co.jp でコーポレートサイトを運用していない制作会社は、「取引先としての与信ランク」が一つ下がります)、885 件ヒットします(類似ページを除外した結果です)。このうち、トップの 100 件を見ると、約1割が Amazon の書籍ページや雑誌紹介のページとなっており、ほぼ同じくらいの割合でブログやポータルサイトの記事があります。これらは除外してもよいでしょう。なお、名刺屋さんや印刷会社さんが、失礼ながら片手間に受注しているような場合も除外せずに含めました。そもそも今回の一連の記事は、印刷会社やデザイン事務所あるいは広告代理店の安易な業務内容の変更・拡大が業界全体に迷惑をかけているのだという主旨を含んでいるので、除外してしまうと論拠として意味を為さなくなるからです。

すると無効なページを差し引けば約700件となりますが、先ほどの『Web Designing』のデータベースに登録されている件数の半分くらいしかないということになります。もちろんこの数は、「ウェブ制作をやっています」と公言して受託している企業の数に比べれば少ないのは明らかですし、僕が今回のターゲットにしている、プロとしての水準に達していない元名刺印刷業者とか代理店あるいは業務内容をシフトした開発会社やグラフィックデザイン事務所の多くが含まれていないと考えられます。そこで、他の結果として Google のディレクトリ検索で「制作 web OR ウェブ」をキーワードとしてみると、7,510 という数が出てきます。2006年3月にはてなで質問が出ていたときに「WEB制作会社」というもっと狭い条件のキーワードで検索すると結果が約 14,000 だったそうなのですが、いま同じ条件で検索してみると約 4,000 となっており、この2年間で 1/3 以下に減ったことになります。Google のディレクトリ検索は編集者を介するため、どのような基準でディレクトリから外したのか不明では信用できかねますが、700 とか 1,600 といった信じ難い少なさではないため、「4,000以上」と述べても大きな害はないでしょう。また、2006年に検索された方の 14,000 という数字は追試できませんが、2年間で異常に減ったという事実を考慮すれば、かなり甘い基準で登録されていたと見做すことができ、僕がターゲットにしているような業種替えの企業を含んでおり、上限と見做してもよいかと思います。このような次第で、「4,000以上、14,000以下」と考えておきたいと思います。

この数を前提にすれば、「有能な人材が不足している」というのは当たり前です。制作を請け負っている企業は前段落から1万社前後と言えますが、どういう意味にせよ「有能な人材」が1万人もバラで活動していて、しかも求職中であるはずがありません。

以上で、今回は「人材不足」をキーワードにして制作プロダクションをメインターゲットに検討してみました。独立系の開発会社では、また独特の事情もあると思うので、機会があれば調べてみようと思います。この記事で申し上げられる結論としては次のようになるでしょう。確かにウェブ業界が人材不足であるという指摘は業界全体について当たっていると言えますが、1) そもそも対処できない企業も多く、無い物ねだりをしているに過ぎないか、2) あるいは競合している企業が多いため解消するのは難しいと考えられます。つまり、業界全体としての人材不足を解決する方法はないと言わざるをえません。しかし、人材不足を悪化させないように現在の従業員の待遇を上げて流出を防げるかと言えば、殆どの制作プロダクションではそんなことをする余裕がないと言えるでしょう。また、ディレクターやデザイナーの独立志向は理由のないものではありませんから(実際、仕事が続けば制作プロダクションの従業員でいるよりも実入りが増えるケースはあります)、独立した人たちとの関係を良好に保って仕事をしてもらい、受託案件の予算を業界および自社にとって適正なレベルにしていく必要があると言えます。

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IV

「長い!」という不評を買った前回を反省して(笑、梗概をまず述べます。人材を集めるには色々なやり方があって、全ての可能性を探ることに反対はしていません。ただ全ての可能性を探れるのは経営陣だけであって従業員にそのような待遇や権限は与えられいません。また、人材は育てるものであるという点にも反対はしていませんが、多くの制作プロダクションでは新入社員をデジハリや WAO 等に半年ほど通わせる余裕など無く、またいきなり案件に従事させて経験を積ませるという OJT には、誰に教えさせるのか、教えている時間だけ終業時刻が遅くなるだけではないかとか、得てして OJT というものは実務のノウハウを誰ももっておらず、どれだけの工数をかければよいか誰も分からないため、シャドウワークの工数を見積もれないのではないかというリスクがあります。(制作プロダクションの経営者が、これを「わかっちゃいるけど」式の軽薄な言い訳でスルーするのではなく、本当のリスクだと自覚できればよいのですが。)

事業部署としてのサイトを運用できる人材

アルファサード有限会社の野田純生さんが 取り上げておられる人材という論点ですが、一つだけこちらの書き方が悪いせいで誤解を生じたと思われるので、訂正しておきます。それは、「事業部長クラスか経営者に匹敵するスキル」がないとウェブサイトの立ち上げや運用について適正に判断したり起案できないだろうというのは、主に発注側のコンテンツホルダー企業に対して述べたのだという点です(「その2」)。また、自社で運営するウェブサイトについては、ウェブマスターに要求されるスキルとして設定しました。どちらにしても、ウェブサイトを公開して運用する主体には、受託案件の発注側であれ、自社サイトの運営担当者であれ、そのていどのスキルなり見識を要求するべきだということです。そして、特に受託案件については、新しく EC サイトを立ち上げたいとか、自社のアプリケーション・サービスを提供するサイトを立ち上げたいという企業さんの側をターゲットにしました。それゆえ、事業部長クラスのマネジメントスキルをもったディレクターを Find Job! で探すことは無謀であるとかジャイアンツ野球であるという指摘は、その条件であれば正しいと言えるでしょう。実際、そういう条件に見合う応募者など殆どいませんし、そういう人なら独立した方が有利だと考えるかもしれませんし、そもそも現状での待遇がしっかりしていて Find Job! に登録などしていないかもしれません。

「その2」で述べた内容を換言すると、受託側のウェブ制作プロダクションが、ウェブサイトの運用に関して上記で述べたレベルまで求められるとすれば、それはもはや受託「制作」として担う業務の領域を越えており、ページ更新やサーバのメンテナンス以外にもコンサルティングなどが含まれるような請負内容になるでしょう。つまりウェブサイトを運営・維持するという事業の継続性について(何らかの成果により)大きな責任を負うこととなります。サイトの「成功」とか「運用」などと軽々しく言う人々は多いのですが、そのような責任が生ずる業務を、ウェブ「制作」プロダクションに求めることになるのだと自覚しようと、発注側企業の決裁権者に対して申し上げたのでした*10

*10加えて、得てしてウェブ制作プロダクションには制作する人材は揃っていても運用する人材は揃っていない場合が多いとも述べました。よく「ウェブマスター」と称されていますが、正直な話をすると、たいていのプロダクションにおいてウェブマスターは見習いデザイナーかアルバイトの仕事とされており、「既に作ったページの文言や画像を置き換える更新係」という認識しかない筈です。ウェブマスターにそれ以上の役割を任せているのは、自社の EC サイトを運営することが主事業となっている企業であり(実際には決裁権者が判断できないという理由でウェブマスターに責任を押しつけているパターンもある)、受託案件だけを扱っている制作プロダクションには、改善策の起案や実行権限(それゆえ責任も)を与えている企業は多くないと理解しています。もちろん、ウェブ制作プロダクションにウェブサイトを運用する資格がないとか能力がないと言っているわけではありません。個々のディレクターやデザイナーさんについて言えば、そして個々のプロダクションについて言えば、「できるところはできる」でしょう。しかし現状では、ウェブサイト制作プロダクションには、自身で制作・構築したサイトですら適正に運用できるという保証はないと言えます。

しかし、発注側企業に「なんだ、運用はできないのか」と失望させたり、「じゃあ運用まではやらなくていいからマケてくれ」と言わせたいがために、こんなことを書いているわけではありません。受託側企業には自社の担える業務をよく自覚してもらうこと、発注側企業にも自社の担うべき業務をよく自覚してもらうことが重要です。したがって、個々の箇所ではデザイナーさんやプログラマさんについても書いていますが、そもそもここで公開している一連の文章は、できもしない運用を「作れるから運用もできる筈だ」というだけの理由で請け負っていたり、できもしない起案を「自社のコーポレートサイトだし自社の事業だから理解している筈だ」というだけの理由で、適正かどうかも判断せずに「ネットを使っている」というだけの社員に担わせているような、決裁権者(経営者)に異議を申し立てているのです。

人材は色々なところからやって来る

総論だけ言えば、どういうやりかたであれ人材を引っ張ってくる方法はあるだろうと思うのです。但し、管理系部署の人間としては、効率が良いか悪いかを検討しなくてはならず、限られた人事担当者のリソースをどこに振り向けるのがいいかを述べる責任があります。決裁権者であれば、どういう機会であれ「いい人がいればウェルカム」というスタンス(可能性があればやる「べき」というベキ論)でよく、そのために振り分ける時間やリソースを自分で勝手に決めてもよいわけですが、従業員にはそのようなことまでやるほどの待遇も権限も与えられていません。したがって、色々な可能性を探って良い人に来てもらいたいという姿勢を、野田さんのような経営者がもっておられるのは自然なことと思いますが、従業員は効率の悪い方法を捨てて効率がよいと思える方法に注力します。

ということで言うと、僕の経験では求人サイトや人材派遣会社への照会に比べて、専門学校や大学あるいはフリーランサーでも何でもいいのですが、就職課にかけあったり自発的に応募してくる人に期待するというやり方はきわめて効率が悪いし、マッチングの比率も低いと言わざるをえません。したがって、前回も述べたように、コーポレートサイトに求人のページを作ったりしているのは「いい人がいればウェルカム」の姿勢を企業として表明しておいて可能性に期待するためであって、そこがメインの採用窓口である筈がないという常識的な話を書いたのです。ウェブサイトを制作・構築するプロである筈の制作プロダクションであろうと、自社のコーポレートサイトへ自分たちの期待する人たちを誘導し、その方法だけで十分に採用できているのかと言えば、そんなことはありません。「大半の制作プロダクションは、自社のコーポレートサイトであろうと適正に運用するスキルがあるとは限らない」と考えている僕にしてみれば、多数の制作プロダクションが自社のコーポレートサイトだけではなく多数の求人サイトで募集したり人材紹介会社を利用しているという事実こそが、証明になっていると思います。

では、伝手で見つけるというのはどうかと言うと、依頼して紹介されると、顔を立てるために採用を断ったり解雇し辛いという別の事情はありますが、あらかじめ会社の話を伝えている経緯などがあって、よく分からない経緯で経営陣が連れてきた人というパターンでない限りはマッチングの比率は高いと見ています。但し、効率は他の方法と比べて良いか悪いかは分かりません。

人材は育てるものかもしれないが・・・

野田さんが仰るように、都合の良い人材というものは、そうそうどこかにあらかじめいるわけではなく、見込みがありそうな人を採用して研修・教育の機会を作ればよいというのも、確かにベキ論としてはそうだと言えます。

いやしくも育成を叫ぶ企業であれば経営陣のコミットメントが必須となり、社員同士の知識伝達や研修へのさまざまな補助を、会社の体制として構築していかなければなりません。例えば、開発については情報処理技術者試験を全社で受験しているような場合があるので、そのための勉強時間や研修時間を確保するようにしていると思います。しかしウェブ制作・運用については、国家試験は言うに及ばずまともな民間試験もないので、何をゴールとするか、どのていどの課程で何を教えていくかを現場のデザイナーやアートディレクターがなかなか明確に決められず、それゆえシラバスとして組み立てられないので、考課測定が不可能か困難だと言えます。シラバスの代わりに参考図書を一章ずつ読ませて、カウンセリングサークルのように多人数で話をするという方法も実行されていますが、「育成」と言えるかどうかは全く測りかねます。したがって、企業として人材を育成するというのは確かにできるところは色々とやっているし、そうすべきであろうという意見には賛同しますが、それは企業の規模や取引件数あるいは決裁権者のコミットメント度合いなどによって実現性が大きく違ってきます。

どれだけでも案件を突っ込んでいくような企業であれば、育成と言っても事実上は単なる盲目的な実戦投入と試行錯誤を「OJT」などと言っているにすぎなくなるでしょう。経営陣のコミットメントが確立していない企業では、社内的な制度や補助や保護がなく、それら試行錯誤も裁量労働制の中で埋没し、上長などの検査や指摘や反省会もシャドウワーク化してゆくため、指導する方のモチベーションも維持できずに適当なところで立ち消えになる筈です。したがって、上長が通常業務と検査・教育を兼務することにやる気をなくしたり適当に諦めた時点や、同行した若手が発注側担当者と直にコミュニケーションを取り出した時点(そんな「関係性」が生じようと、実は育成が適切に行われた証拠にはならない)が「育成完了」のタイミングだというのが、(OJT をやっているとしても)多くの制作プロダクションに起きている現実ではないでしょうか(もちろん、それでよいと言っているわけではありません)。

ディレクター「スキルを向上させてもらうために講習会や研修を行いたいのですが」

社長「おぉ、それはがんばってやりなさい!」

こんなものは「経営陣のコミットメント」でもなんでもありません。経営陣に責任を持たせることがコミットですから、その講習会や研修を続けるためには時間が必要だという認識が、改めて求められます。そしてこのようなことは、受注の予算枠(目標売上)を現行の 90% に減らしたり、見積もり基準を引き上げるといった、財務会計上の予実管理にまで影響するような内容に経営陣の承諾を受けなければ実効性はないと言えます。例えば営業さんサイドに受注をセーブしてもらうというのは、彼らの成績(つまりはインセンティブ)も諦めてもらうことになるかもしれません、あるいはセーブせずに案件を受注しても内製の一部を外部へ委託することになるため、限界利益率なり営業利益を下げる結果となるでしょう。すると、全社レベルで責任と権限をもっている役員以外に、そのようなことをやってよいかどうかは決められないのです。

育成や知識・経験の伝達という話は業務環境や待遇とも関連していると思われるため、経営陣のコミットメントを欠いていれば、上長が思いついたときに適当なコメントを与えるといった場当たり的な指摘や反省に留まざるをえなくなります。すると、独立して成果物を納品できるレベルになる2年~3年後には、教えた側や教わった側が勤務条件に耐えられなくなったり、あるいはスキルとして十分に研鑽を積んだと(たいていは勘違いして)独立したり転職してしまい、企業全体のレベルを維持するのが難しくなるでしょう。つまり教えた側と教わった側の差が縮まらないうちに、教えた側が転職してしまうというパターンに陥りやすいわけです。「○○さんがやめたとたんにあそこは成果物のクォリティが落ちた」という話はよく聞かれ、それはとりもなおさず多くの制作プロダクションが主力のデザイナーの個人的なスキルや知識に頼っている実態をあらわしています。マネジメントの視点で言うと、そのように属人的な要素を限りなく取り除くことが、業務フローを確立するだけでなくリスクヘッジともなるため、育成だけの問題に限らず業務の引継に関しても、例えば開発業務ではドキュメンテーションを励行して対応していると思います。しかしデザイン業務でのドキュメンテーションは、情報デザインやプロダクトデザインを系統立てて説明できるデザイナーなど限られているという点や、ビジュアルデザインの何をどう伝えれば自分と同じくらいのクォリティになるのかを説明できる人などいるのかどうか疑わしいといった点で、事実上どこの会社も困難と言えるでしょう。

育成を視野に入れていなければ「経営ではない」という、野田さんの指摘は正しいと考えます。ごく普通の経営者の見識だと思います。しかし制作プロダクションについては、そもそも何を伝えてどうなれば育成したことになるのか、そのために企業として何を決めたらよいかを全く分かっていない経営者も多いと見受けます。つまり業務知識として何を伝えるかが分かっていないだけなら起案や考課査定を部長級へ委任しても全く問題はありませんが、企業として、とりわけ働き方の問題として何を決めたり解決したりサポートすればよいかを考えようともしていない場合も多いと思われます。だいたいにおいて、どの業種であれ中小企業には「大して儲かってもいなければ、弱者という特権によって何をしていなくても許される」と思っている経営者が多く、育成についても「好きなら自分で勉強するだろう」というだけの素人判断が大手を振って歩いているのが現状ではないでしょうか*11。そして、素人判断による目論見は全く達成されておらず、誰も自発的に体系的なスキルを向上させたり他人に伝達したりしていないのです(自発的にすることを期待されているだけなので誰も文句を言えない)。

*11そもそも、好きな仕事ならこれこれするはずだと言っても、それが自明の前提として通用するかどうかはかなり疑わしいと思います。いまどき先進国ではコモディティ化したとか中年化したと言われるウェブについて、死んでもしがみついて仕事を極めたいという人など、いったいどれだけいるでしょうか。関西電力の鉄塔のメンテナンスが有意義であるように、価値がないとは全く思っていませんが、何割もの人々が創生期の頃と同じくキチガイじみた情熱を注いでいるとすれば、その方が異常です。所詮ウェブは、電気がなくなれば「広告媒体」として一人の肉声に負けるのです。

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V

今回は題材を使ってウェブ業界の現状を検討してみようと思います。題材とするのは、

御社のホームページがダメな理由&horbar;98%は死んでいる

『御社のホームページがダメな理由』(竹内謙礼/著, 中経出版, 2008)です。この書物は、ウェブアプリケーションのサービスサイトや自社のコーポレートサイトを立ち上げようとしている企業、あるいは EC サイトを運営しようとしている企業に向けて書かれており、四章立てになっています。第一章と第二章は「インターネットは儲からない!」、「ホームページ運営のムリとムダ!」というネガティブなタイトルになっていて、後半の第三章と第四章に進むと「ダメなページから抜け出す方法」、「御社もできる! 5つの成功事例」として対策が提案されています。今回は前半の第一章を題材にして、この書物とは別の切り口、つまり制作プロダクションや開発会社の側から見て竹内さんの指摘を検討します。

(注釈 2015)7年ほど経過してアマゾンのレビューを見たところ、多くの方が「否定的なのはいけない」とか「代案を出せ」といった凡庸な批判を山のように書いていますが、僕はこのようなレビューこそ無責任で有害だと思っています。

まず、否定的なメッセージを伝える書き物を見つけては「否定的なのはよくない」と否定し尽くして回る、自己矛盾も甚だしいポジティブ思考の信者、あるいは自己啓発と言いながら他人の読み物に答えを探しまくっている愚鈍な連中は論外としておきます。学者だろうと僕らアマチュアだろうと、他人が人生の一部を1分でも使って吟味したり論じるには値しません。

それ以外の動機でレビューを書いている人々については、あなたがもし素人であれば、この本に書かれた指摘のベースになっている事実すら知らなかったわけです。それを知ったばかりの読者というていどの立場で「代案を出せ」と言うのは、Yahoo! 知恵袋などに徘徊している「教えて君」や「早急にご回答お願いしますバカ」と同じであり、そのような発言がオンラインに存在してよいと言える効用など(それを統計にとって食べている三流社会学者あるいは IT 関連の似非批評家にとってはどうか知りませんが)ありません。

あるいは、あなたが仮に業界人として本書に書かれた事情を知っており、加えてそれが「よくない」と思っていたとしても、それをどこかで(先に取り上げた野田さんのように)「よくないことだ」と表明したのでしょうか。現状について改善の余地があるということすら表明していない人間が、否定的な論評という表現ではあれど、最初のステップを踏んでいる人間に向かって「それでは不十分だ」などと言うこと自体、読み手としておこがましい態度だと言わざるを得ません。批評の対象が本書のような通俗本だからといって、ただの読者にすぎない人間が著者よりも常識や見識があるかのように見下す権利などないでしょう。

補足として、この本の著者がコンサルタントであるという点に注意すべきです。もし経営や特定事案のマネジメントについて、コンサルティングを受けている企業の経営者が「どうすればいいか教えてほしい」とか「何をすればわが社は上場できるのか」などとコンサルタントに聞くとすれば、その経営者は完全に「無能」との烙印を押されるでしょう。そんなことは役職という責任において自分で考えるのが当たり前だからです。そして、対策を考えるにしても、個々の事例に応じて条件が違う複雑なことがらには、安易な手順を述べても意味がないかもしれません。あるいは、「現状ではいけない」からといって、「現状とは違う」ことを何かやればいいというわけでもありません。目隠ししてスイカ割りしている人が、周りから「その方向じゃない」と言われたからといって、何か一つの正しい向きに修正できる保証などないでしょう。

ホームページにムダなお金を使うな!

さて、では竹内さんの著書の本論に入ってみましょう。まず第一章を読むと、ネットビジネスを検討している企業に、制作会社は不必要ないし不適切なコンテンツやプロモーションを提案してくると指摘しています。しかし・・・

そもそも、ホームページの役割というのは、みなさんが思っているほど大したことはない。

「お客さまが好きなときに、好きな量だけ情報を得ることができる」

これだけである。

テレビや雑誌は情報量が限られており、なおかつタイミングよく情報を提供するには、「広告費」というお金がかかる。

しかし、ホームページはお客さまが好きなときにアクセスしてくれれば、それに対して適切な情報を提供できるメリットをもっている。

つまり、お客さまが情報を得るのに適したメディアのひとつであって、決して、お金儲けに直結するような営業ツールではないのである。

『御社のホームページがダメな理由』,p.17.

これを制作プロダクションや開発会社について書き直してみると、次のようになるでしょう・・・

そもそも、サイト制作・構築企業の役割というのは、みなさんが思っているほど大したことはない。

「クライアントが好きなときに、好きな量だけ情報を配信できるようにサポートする」

これだけである。

テレビや雑誌は情報量が限られており、なおかつタイミングよく情報を提供するには、広告代理店への委託というお金がかかる。

しかし、制作会社や開発会社はクライアントが可能な限り早い機会に起案し発注してくれれば、それに対して適切なサービスを提供できる可能性をもっている。

つまり、クライアントが情報を配信するために利用するサービスのひとつであって、決して、お金儲けを代行してくれるような企業ではないのである。

竹内さんが、ネットビジネスを始めようとする企業に対してウェブサイトの役割を説明する文章は、見方を変えて表現すると、ウェブ制作・構築の役割を説明する文章に置き換えられると思います。

著書の中では、ウェブ制作プロダクションや開発会社が、実は大して費用対効果のないメルマガや動画配信を提案してくると言われていますが、それは状況を変えればクライアントについても同じ事が言えます。例えば、「ブログをやったことがある」とか「ほーむぺえぢを作ったことがある」とか「ネットサービスを適当に使っている」という理由で、ウェブサイトを運営するに当たっても何事かを分かっているつもりの「担当者」という名の怪物がクライアント側にどんどん増えてくるはずです。既に「その1」で述べたように、他業種から鞍替えしたデザイン事務所やソフトハウスの一部の経営者よりもマシとは言え、実際には彼ら彼女らも「ただのユーザ」であることに変わりはなく、ネットの何が分かっているのかと思わざるを得ません。

また、「その2」で述べたように、クライアント側のウェブ担当者なるものの多くは、事業所としてのウェブサイトを運用するための事業戦略や業務フローについて起案する能力・経験・決裁権をもたない場合が多いため、結局は大切なところで(大概はウェブサイトの構築や運用だけでなく戦略も分かっていない)上長の判断や決裁を仰がなくてはならなくなります。加えて、ネットをよく使っているというだけで若手社員が窓口になっている場合も多く、言ってみれば自社の商品に関する詳細や業務知識についてすら限りなく素人に近い人が窓口としてあてがわれているのが現状です。例えば大企業の案件ではよくあることですが、発注側の担当者が受託側のディレクターと一緒に、あれもやりたい、これはどうだろうと、キックオフ直後の(たとえそれがコンペ中であったとしても同じ事です)重要なフェイズをブレストという名前の茶飲み話で浪費し、終盤になってシステム担当部署や法務からどんでん返しを食らうといった悲喜劇は、この業界には数限りなく見られます。大した根拠もなくあれこれと無駄なサービスをウェブサイトにつぎ込もうとするのは、受託側だけに限ったことではありません。

「ネットなら何でも売れる」というのは幻想だ!

EC サイトが成功するためには、まずユーザをサイトへ誘引する経路を確保し、ネットショッピングするユーザにネットショッピングしたいタイミングで、可能な限りたくさん来てもらうことが条件となります。EC サイトという入り口さえ作ってしまえば、そこから人が勝手に商品を買ってくれる、などという発想でウェブを利用する態度は「商売」とは言えないのであり、まるで田舎の路地に小銭入れと野菜カゴを放置しているのと全く同じだと言ってよいでしょう。

竹内さんの指摘では、そもそもネットで売れ易い商品は限定され、それ以外の商材は手間暇をかけなければ全く売れないのだと言います。例えば、大学時代にアルバイトをやったとか、どこかの企業でせいぜい十数年ほど会社勤めをした程度の経験で EC サイトを立ち上げ、起業しようとするベンチャーは後を絶ちませんが、こういった素人商売人が一様に口にするのは、「ネットを使えば遠く離れた人々からも注文が取れる」というバカの一つ覚えです。インターネットが普及し始めた90年代の後半には、世界中に広がるネットワークというただの物理的な事実を販路と混同してしまう、愚かなコンサルタントが山のように出現しました。現在も、競争相手が少なく、いたとしても同じくらいのヘタレしかいないという地の利を活かして、地方にはこうしたヘタレコンサルがいまだに生息しています(というか本人達は大まじめで温厚な人々なのだと思いますが、そんなことは無能の言い訳にはなりません)。いや、実は東京や名古屋や大阪や福岡にもいるわけですが、あまりにもひっそり活動しているので、なかなか目に入らないだけなのです。そして彼らは地元の中小企業を相手に、「御社と御社のサービスや商品を世界に向けて宣伝しましょう!」と、善意に満ちあふれてはいますが本質的には愚かとしか言いようがない提案をします。それゆえ、発注企業の側に立った場合には竹内さんの指摘は的を射ていると言えます。

今回は、制作プロダクションやウェブ系開発会社の立場で竹内さんの著作を紹介していますから、少し視点を変えてみましょう。受託による制作・構築業務がメインとなる制作プロダクションや開発会社は、コンサルタント業のように「御社の商材はネットを使っても大して売れませんよ」などと言いません。クライアント側のサービスや商品にネットでの訴求力が本当にあるかどうかなど、受託側の知ったことではないからです。履いて捨てるほど存在している凡庸なレベルの制作プロダクションにできることと言えば、せいぜい限られた予算内で、サービスや商品をよさげに見せるビジュアル的なハッタリをカマすか、商品やサービスにまつわる各種のロクでもない周辺情報をばらまくためにメルマガ配信システムとか CMS をどこからか拾ってきて実装してあげたり(場合によっては、たいていセキュリティの観点からはどうしようもないレベルの、オリジナルなシステムを実装することもあります)、あるいは SEO と称する「作文+スパムサービス」を代行するといったていどのことです。

受託側が、クライアントの商品など売れようと売れまいと関知しないのは、或る意味で当然と言えます。なぜなら、ウェブサイトの制作や構築は、業務委託契約であろうと業務請負契約であろうと、サイトの納品にまで至れば完了であって、その後にクライアントがサイトを公開しなかろうと、事業として最終的に失敗しようと、関係がないからです。もしあなたが発注側の立場なら、さぞかしムッとするかもしれませんが、ではこう考えてみましょう。クライアントから問い合わせがあった時点で事業運営体制を訊ねたり、クライアントがウェブサイトの運営にどれくらいコストをかければ成功の見込みがあると考えられるかを分析するといった、本来は中小企業診断士や会計士が本業として行うレベルの予備調査を、ただの問い合わせ段階で制作プロダクションがやってくれると思いますか? 逆に、あなたが制作プロダクションやウェブ系開発会社の経営者なら、自社のプロジェクトマネージャーやウェブディレクターに中小企業診断士の資格を取得させて、そこを強みにしようと思うでしょうか。どちらも「そんなことは無理だ」と言わざるをえません。

理由その1。ふつう、ウェブ制作プロダクションや開発会社に、中小企業診断士の資格を持っているディレクターはまずいません。そしてこれまで何度か強調してきましたが、制作プロダクションのディレクターやデザイナーや SE に、個人的にであれ自社の業務であれ、EC サイトを自ら運営した経験があったり(ページ更新業務などを意味しているわけではなく、そのサイトの運営にかかわる企画・会計・経理から顧客対応までひととおり経験した人でなければ意味がありません)、特にそれを成功させた経験がある人など殆どいないのです。つまりウェブサイトをどうやって運用すればどれくらいの効果があるのかを、多くの制作プロダクションでは、理解していないばかりか試してみたことすらないと言って良いでしょう。そのようなノウハウをたくさん持っているのは、制作プロダクションではなく、自社運営の EC サイトをもっているベンチャー(特にアパレルやゲームあるいは風俗業界)の運営会社なのです*12。それらは自社のサイトで収益を得ている「運営」会社ですから、他社のウェブサイトを受託で制作しません。ごくふつうの制作プロダクションには、クライアントの事業や商材を分析したり、販売計画の一環としてウェブ上での戦術を立てるスキルはないのです。もしあなたが発注側に立っているなら、やはり自分たちの事業は自分たちでノウハウを培ってゆき、運営するのが一番だという点を、改めてはっきり自覚しましょう。大工さんや一級建築士に店舗を建ててもらっておいて、彼らに警備や店頭販売までさせる事業主なんかいないのです。

理由その2。今度は制作プロダクションや開発会社の側から見てみると、簡単な話ですが、自社の社員に中小企業診断士の資格を保有する人がいると考えて下さい。彼ら彼女らは中小の制作プロダクションで 1,000 万円以下の年収などに甘んじていなくても、他に転職先があると考えて当然です。そうした資格をわざわざ取得するくらいのモチベーション(能力とは言っていません)がある人なら、資格を取得したらさっさとウェブ業界から出て行くか、もっと好待遇のコンサルティングファームにでも行こうとするでしょう。そもそも、そのような人材を維持できる制作プロダクションは限られているのです。

そして理由その3。仮に、ウェブサイト制作・構築業務を成約してもいないのに、クライアントの事業計画や商材の特徴を調べ上げて、更には中小企業診断士に匹敵するスキルを持った人が分析までしたとしましょう。さて、その時点での販管費が5人日として25万円かかっているとすると(この数字が高いと思った方は、一度でも会社を経営するか役員にでもなってみてください。このくらいの数字が、まともな経営をしている制作プロダクションとして損益分岐点ギリギリだということが分かるはずです)、このような業務を企業として提供するためには、売上額と限界利益率がどのていどまでなければ、そのうち破産してしまうでしょうか? クライアントに提供する成約前のサービスが増えれば増えるほど損益分岐点は高くなるので、一つの会社が提供できる限界の工数に見合ったサービスを提供するには、見積もりに何らかの怪しげな名目で25万円をこっそり足してみたり、工数単価を数千円だけ目立たないように増やしてみたり、このような手法はどの業界にもありふれていて、わざわざ言うまでもないでしょう。ざっと計算してみると、10名の制作プロダクションで毎月2,000万円の案件を一つだけ受けていると想定するなら(一回の成約前サービスでよい)、おおよそ限界利益率を30%として、なんとか損益分岐点に立てるといったところです。平均の売上や限界利益率がこれよりも低い企業(圧倒的多数がそうだと思いますが)や、成約前のサービスが5回も10回も必要となる企業は、そもそもこのようなサービスを事業として提供できない筈なのです。

「金・コネ・頭なしでも儲かる」というウソをまだ信じるの?

次に竹内さんの矛先は、ネットバブルの頃にしばしば見られた素人商売人の成功談へと向けられています。もちろん、アフィリエイトで年商数千万円という人は、いまでもいます。ここ数年で見ても、オンラインで FX をはじめたばかりの一般人が数億円の脱税で検挙されるといった報道も何度かありました。加えて、なんらかのネタで大量のアクセスを集めた一般人が、広告収入だけで生活しているような話など、小さな話から Google, Apple, mixi の成功談に至るまで、ネットには起業家の夢が溢れています。既存の中小企業経営者や起業家(それにしても「起業家」っておかしな日本語ですね)、あるいは単に脱サラしたくてウズウズしている連中にしてみれば、まだネットで自分も大儲けする余地があると考えたくもなりましょう。

しかし、ネットで成功した企業の「情報」が、パブリシティや利用ユーザの言及ゆえに溢れているのは、インターネットも結局は、成功者の発信する情報だけが多くのオーディエンスを獲得しがちなメディアだからに他なりません。ネットをフィールドとした小商売や起業は、小学生から高齢者まで手をつけられるくらい安易なので、実は他の産業と比べても成功率はたいへん低いと思われます。特に、EC サイトであれサービスアプリケーションであれ、実店舗も在庫も不要(そしてなぜか販路=営業活動も、リスティング広告やスパムコメント以外は不要と思っている起業家がいたりする)という条件は、それが「企業活動」や「商売」の名に値するかどうかはともかく、誰でも明日からいっぱしのサービスサイトのオーナーになれるといった具合です。そうした人々は実態として把握するのは困難でしょうが、夥しい数の成功者がいないという事実からは失敗者が夥しい数に上ると考えられます。そして、それらの失敗した人たちはネットから簡単に退場できますし、やり直すにしてもドメインやサイト名あるいは企業名を、歓楽街のスナックよろしくゴロッと変えてくるので、継続して優位に立ち続ける成功者が目立つだけの話でしかありません。

そもそもこれはネットに限った話ではなく、成功者自身による後日談や分析は、本質的に結果論だという運命を逃れられません。そして、そもそも社外秘とも言えるノウハウや人脈などの事情があったとしても、公表できるはずがないのです(いったいどこの創業者が「ヤクザの資金で上場しました」とか「経済産業省から天下った人のコネで大規模開発を受注しました」などと書くでしょうか?)。また、ネットのように送り手の技術や買い手の嗜好が移ろいやすい市場では、数ヶ月前の「販売戦術」が一年を待たずに陳腐化してしまうことだってあります。営業さんやプロデューサさんが口にしていた、バズ、CGM、バイアラスといった昔懐かしきマーケティング用語は、いったい何ヶ月前の流行だったでしょうか。そういえばかつては、なんとか 2.0 とか、なんとか beta いう表現もありましたね。ただの DHTML を Ajax と称してみたり(もちろん本当の Ajax の仕様は、プロですから知っています)、それはそれは古き良き時代だったのでしょう。

というわけで、竹内さんは発注側企業やウェブサービスの起業家に対して忠告しているわけですが、実は受託側の制作会社や開発会社にも、真顔で「Web 2.0」という言葉を使う人がいますし、それがなにやら新しいコミュニケーションだとかネットの姿だとか、あるいは民主主義とかメディアとか、ともかく「よきものであるぞ」と言って憚らない人もいます。そして、その恩恵がどこの会社にも降り注ぐと言わんばかりに、「御社もここら辺でほーむぺえぢを立ち上げてはどうですか?」と、クライアントを諭すわけです。アメリカの映画にはよく登場しますが、こういうセールスパーソンの語っている朗らかな成功予測(皮算用)は、実際のところ殆ど根拠がなく、たいていは常識的にありえない前提でロジックを立てています。例えば、「EC サイトを開設して1ヶ月後に利用者数が10万人を越えたら、これくらいの利益が出ますよ」などと平気で企画書を書いてくるわけです。これは、もう何度も述べたようにウェブ技術や市場動向をまじめに(つまり、最低でもプロダクトマネジメントの作法に則って)調べ上げて分析していない、事業戦略的な観点では殆ど素人と言っても良い人々が制作プロダクションや開発会社を立ち上げているからです。そうして、口先だけのセールスマンを「豪腕ウェブディレクター」として抱え込み、彼らよりも更にネットをよく知らない、哀れな中小企業の社長さんたちを囲い込み始めるわけです。これも業界内ではよく知られているように、最初は芸大の学生や主婦が暇つぶしにつくった綺麗なページを CMS にはめ込んで提供し、効果が上がらなければ SEO 対策費、もっと頼めばリスティング広告費やシーディング費用(と言っても、自前で運営しているサテライトサイトからアクセスを流したりしているわけですね)などと、予算がどんどん膨らんでいきます。こういうパターンは、かつてどこかのワイドショー番組で見たような気もしますが、父親が娘を脱会させるのに腐心していたカルト宗教を思い起こさせます。

まったく参考にならない「成功事例」を信じるな!

前段と同じ主旨ですが、こちらでも竹内さんはネットバブル期の成功談はいまごろ通用しないと強調しています。まったくその通りで、経営や事業戦略に長けている人は、バブル期であれ現在であれ一定の業績を上げているはずであり、バブル期の成長物語しか語れないような経営者は、既に一定の目標(例えば株式上場など、事業主としてはきわめて控えめな目標)に達して、才能や努力をつぎ込むのを止めたと見るべきでしょう。そのような人々は最早、事業の管理人でしかなく、昔話を聞くのはかまいませんが、それ以外はせいぜい資本力にモノを言わせて派手な賑やかしイベントができる程度であって、経営者としては取るに足りません。

さて、ここでは竹内さんの著作と僕の認識で異なる点を一つ挙げましょう。それは、旧世代の成功者が語るノウハウと、次世代の成功者が語るノウハウには違いがあると書かれている箇所です。もちろん両者に違いがあるという前提は正しいと思うのですが、どういう点で違っているかは、僕の認識と少し異なるので取り上げさせていただきます。

竹内さんの著書(p.55)では、旧世代の成功体験者にあったパターンとして、「システム開発等の知識が豊富」だったという点が指摘されています。僕は、これは次世代の成功体験者にも共通するのではないかと思っています。もちろん、mixi や Hatena のように、経営者自身がエンジニアである必要はありませんが、元ライブドアの前科者や2ちゃんねるのひろゆきも少しはプログラムをいじくっていたようですし、IT やウェブ業界に限ると、成功している企業に技術オンチの経営者は少ないと言えるように見受けます。ただ、竹内さんの観察にも理由がないわけではなく、いっときのネットバブル期に起業し、後でバタバタと廃業していった会社は、確かに IT ゼネコンを脱サラしたプロジェクトマネージャーやシステムエンジニア出身の(経営戦略や実務に見識や経験が殆ど無かった)起業家が多かったという印象があります。したがって、過去の苦い経験から、現状の IT 企業ではエンジニア出身の CIO や CTO を積極的に立てない傾向があるのも首肯できるのです。

それから竹内さんの「成功体験者」が、ウェブアプリケーション事業を含まず、ネットショップや既存企業のウェブ担当部署という範囲に限定されているようにも見受けます。そういう条件つきであれば、ネットショップを成功させるために PMBOK を理解する必要はあまりないので、ネットではなく他の事業ドメインについて豊富な知識や経験をもっている方が、バックボーンとして適切だと言ってよいでしょう。とは言え、それでも、ネットについて素人同然では、やはり道具の使い方を知らないまま事業計画や戦略を立てることになるため、技術者の提案を自分で検証できなかったり、ロジックにおかしな点があるかどうかだけでも察知できないという、不利な立場で経営を進めることになります。

「メーカー自身の直販サイト」は失敗する!

第一章の最後に、竹内さんはメーカーが直販サイトを運営することはきわめて困難だと指摘しています。これは制作プロダクションや開発会社の側から見て、特に指摘できることはありません。逆に言えば、ここは全く事業戦略上の決断が核となるので、あの懐かしき SIPS とかコンサルティングファームのように、事業の成否にまで責任をもつ企業でなければ、軽々に口を挟むべきものではないでしょう。

それを承知の上で最後に述べておくと、竹内さんが直販サイトの失敗理由として挙げている項目の中で、広告費という概念をもたないメーカーが多いという点には、注釈が必要です。もちろん、問屋への卸売りだけで運営されている企業にも、広告費という概念はあります。ただし、その広告費が集中するのは殆どがブランディングやパブリシティ目的のプロモーション活動であって、直に集客や売上へと結びつくものではありません。更に、ブランドをプロパティマネジメントの資産として厳格に管理している業界では、ネットでの販促活動を積極的にしないところも多いのです。竹内さんの言い方では、メーカーは自社の商品力を過信しがちだという話になりますが、それは企業の規模によって事情が異なり、au やパナソニックは商品力うんぬんよりも前に企業としてのブランドが強いので、ネットよりもまだまだ影響力の大きいテレビや新聞を利用できます。

勘違いされやすいのですが、これからネットの利用者が増えていくとテレビの影響力が弱くなるとされ、ネットの広告費は相対的に増えてゆく筈だと、気軽に考えている制作プロダクションもあります。それは、現状ではあるていどの規模で正しいと言ってよいでしょう。しかし、一方にはネットゲームの RMT とか金融取引によって泡銭を得た高額所得者がいてあれこれと買うでしょうが、他方にはネットで買い物などしない多くの消費者層がいるのです。上の方の消費者層、極端に言えば年収が億単位の人が(よほどのマニアでもない限り)ヤフオクでプラモデルなど買わないでしょう。加えて、ネットでよく売っているような「結局、人間が生きてゆくためにはどうでもいいようなもの」を、低所得層の人々がせっせと買うわけにはいきません(所得がひと月で20万円にも満たない家庭がネットで買い物などしないでしょうし、逆に所得がひと月で20億を超えるような人々はネットショッピングなどしている暇はないでしょう)。雑な言い方ですが、ウェブショップの商売とは、要するにネットを徘徊して買い物をする程度の小遣いと暇をもっている、限定された所得層だけが相手なのです。そして、広告費をテレビに振り向けようとネットに振り向けようと、そのような変化だけで(商品そのものは何も変えずに)商品の売れ行きが爆発的に変わる商材は限られています。というか、そんな商材なんて、IT 関連のサービスそのものを除いて本当にあるのでしょうか。

それでは、「売り物としてのウェブサイトやシステム」を考えるとどうでしょうか。これまで述べてきたように、ウェブサイトや自社のシステムを運営・運用するということは、一つの事業所を維持することに匹敵すると述べました。したがって、プロモーション目的で3ヶ月ほど運営すればよい場合はともかく、自社のコーポレートサイトや社内のエンタープライズシステムを、3ヶ月や半年で受託企業を替えて作り直すわけにはいきません。もしそうなれば、受託側企業にも或るていどの問題はありますが、発注側の事業プロジェクトとして明白に失敗との判断を下さなければなりません。したがって、ウェブサイトやシステムは既製品ではなく、発注側の責任が最も大きい特注品だと言ってもよいので、発注側企業の事業計画やサイト設計のスキル(端的には RFP へと結実する要求定義能力と納品物の評価能力)が上がれば、たやすくウェブサイトや社内システムなどリニューアルする必要はなくなるわけです。すると、そうした無駄なリニューアルが減って企業の体力を(たとえ僅かでも)温存でき、運用のスキルも保持してウェブ上での戦略を更に有益な水準へと引き上げてゆけるようになれば、どれほど受託側がサイト制作やシステム開発の単価を下げようとも、大して効果も見込めないままリニューアルしたり、新規にどこかで乱痴気騒ぎのようなプロモーションサイトを立てる必要などなくなります。そして、発注側が自力でウェブ戦略や運営ポリシーをきちんと立てるまでになれば、現状の凡庸なウェブ制作プロダクションが応じられるレベルの要求定義ではなくなります。そうなってくると、受託側に「ネット制作はCMより安い」といった幻想のもとで「価格破壊」を実現することが第一の要求になっているような発注側企業は、そもそも本業の事業計画も怪しいと考えた方がよく、どのみち頻繁に入れ替わるだけであって、ウェブ業界の顧客層としては飛躍的に数が増えたりしないと考えるべきではないでしょうか。

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